表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/31

スタイリッシュクレイジー乙女ゲーム(1)

分割しました

 靴についた肉片を適当な布で拭い取ったエリザベスは、死体安置所の扉を開く。処刑前に着ていた罪人の服よりはマシではあるものの、現在の死装束もあまりいいものとは言い難い。何より、この格好で街を歩けば目立つ。幸いにしてここは教会、修道女の服でも適当にかっぱらえばいいという須美香の提案に、彼女はこくりと頷いた。

 コツコツと廊下を歩く音が響く。いくら深夜だからといって、ここまで無人なのだろうか。そんなことを考えた須美香の思考を読むように、ここはそれ用に誂えられた建物だからでしょうと呟いた。


「罪人の魂が少しでも浄化されるように。確か、そんな建前だったと思うわ」

「建前っすか」

「ええ。実際は汚らわしい犯罪者を纏めて捨てるための隔離空間よ」

「うわぁ……」


 そういう貴族がいるというだけだ、とエリザベスは補足する。大多数の人間は建前をきちんと信じているし、実際にこの教会はちゃんと管理もされている。隠せない負の感情を溜め込む場所として、丁寧に扱われているのだ。


「……負の感情が溢れて死体動いてましたけど」

「そのような事例は聞いたことがなかったのだけれど。隠されていたのかしらね」

「あるいは、エリザベスのアンデッド化の影響で周りの死体も動き出したか」


 須美香の言葉に彼女は足を止める。成程、と納得するように頷くと、ゆっくりと後ろを振り向いた。明かりもなにもない真っ暗闇。そこから、エリザベス達のものではない物音が聞こえる。


「……エリザベス」

「わたくしの力に当てられた、というのならば」


 拳を握り、足に力を込める。マジかぁ、と諦めたような呟きを自分の口から零す須美香に対し鼻を鳴らしながら、近付いていくる何かを迎撃せんと睨みつけた。

 第一陣。先程とは違う罪人の死体共が、完全なるアンデッドとなったのであろうエリザベスに群がるように迫る。その首を引っ掴むと、別の死体へと叩きつけるようにぶつけた。もんどりうって倒れるゾンビを見ることなく、別の一体の足をへし折る。立っていられなくなったそれを振り回し、近くの死体を纏めて後方へと追いやった。


「おかしいですよ!」

「何が? ゾンビは伝説上の魔物というほど珍しく強力なものではないのだから、倒すことくらい出来て当然でしょう?」

「ゾンビ、そこそこメジャーなモンスターなんだこの世界……。じゃなくてね!?」


 そういうの相手に一歩も怯まないクソ度胸とわけ分からんほどのヤバいスペックについてが問題なのであって。先程淑女の嗜みで片付けられたが、それで納得できるほど須美香の頭は柔らかくない。


「とりあえず、広い場所に出ますわよ」


 説明はその途中で、とそう言われれば須美香も口を噤む。追ってくるゾンビの気配を感じながら、そうは言ってもとエリザベスは溜息を吐いた。

 自分にとって、それは当たり前だったからだ。公爵令嬢として、出来ることは全てやる。それが自分の普通だったからだ。だから知識は蓄え、それを使って相手を蹴落とす術も学んだ。武術や魔法も、身に付けられるだけ身に付けた。それを使って邪魔者を消し飛ばす術も手に入れた。

 勿論、自身の姿がそれによって下がらないようにと美貌にも気を使った。だから、彼女にとってそれらをひっくるめて全て、淑女の嗜みなのだ。


「第二王子は何でこれを婚約破棄したん……?」

「さあ? 人の好みはわたくしの預かり知らぬところですわ」

「エリザベスも何でそんなドライなん!? 婚約者でしょ? 少しは愛情とか」

「わたくし、彼との婚約を決めた理由が、昔からの知り合いの美少年は見飽きてそういう対象にならなかったので、あまり交流のなかった美少年を選んだというだけだから」

「こいつ最低だ!」

「まさか向こうも了承するとは思いませんでしたわ」

「言ったの!? それ言ったの!?」

「勿論。誠実さは美徳でしてよ」

「破棄されて当然だよ!」


 口を開くたびに彼女への評価が二転三転する。須美香の知っている悪役令嬢エリザベスは、もっとこう、美人だが高慢でヒステリックで小物だったはずだ。間違ってもこんなアホみたいな高スペックでアホみたいな思考回路をしているヤバいくらいの美人ではない。

 やっぱりあの乙女ゲームの世界と同じではないのだろう。似ている程度に留めておかないと、きっとこれから痛い目を見る。須美香は改めてそれを確認し、気を取り直すようによしと気合を入れた。エリザベスが急に体を動かすなと文句を述べた。

 そうこうしているうちに礼拝堂らしき場所に出る。窓から差し込む月明かりで一種幻想的な空気を醸し出しているそこは、罪人の魂を浄化するというお題目に則るかのように、戦女神らしき石像が周囲に配置されていた。何を思ったのか、その手に携えられているのは石像の一部ではなくきちんとした武器である。


「儀礼剣をああして石像に持たせることで、この教会の存在に説得力を持たせている。そう考えればいいのでしょうね」

「ほえー……」


 視線が石像へ勝手に動いたことで須美香の思考を読んだエリザベスがそう述べる。成程、と頷いていた彼女は、ああそうだったと視線を扉に戻した。


「ゾンビどうすんの?」

「ここで放置しては余計な問題が起きるでしょう? だから」


 きちんと始末をする。そう言ってエリザベスは笑みを浮かべた。絶対こいつ公爵令嬢じゃねーや。そんな確信を須美香に抱かせる程度には獰猛な笑みであった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ