悪役令嬢、首になる(2)
分けました
物部須美香は、オタク気質のどこにでもいる大学生であった。今日も今日とて、ボイスチャットをしながらゲームに勤しんでいるような、そんな生活を行う程度の、ごく普通の少女であった。
成人したからと遠慮なく飲むようになったチューハイの缶を煽りながら、彼女は画面の向こうの相手にくだらない話を行っている。やれ大学生活がどうだの、バイトがどうだの。
ベスさん溜まってるね、と向こうの苦笑するような言葉に、あたぼうよと彼女は返した。ベス、というのは彼女がゲームなどで名前を付けるときに毎回使っている名前だ。ものの『べす』みか、だから、ベスである。
そんなことをしながらネットゲームでクエストをこなしている最中、ふと最近の流行りのネタについての話題となった。そのものずばり、異世界転生するならどんな感じが良いか、である。チートがどうとか、悪役令嬢ものがどうとか、追放ものがどうとか。そんな会話をフレンドとしながら、須美香も自分の思っていることをそこで呟いていた。
「そうだなぁ。まあとりあえず、スタイルのいい体になりたいかな」
現実の須美香はちんちくりんである。服装によっては中学生に間違えられるほどだ。だから抜群のプロポーションという言葉にちょっと憧れを持っていた。だからこそ、どうせ転生するならそういう感じになりたいと語った。当然雑談の一部であり、本気ではない。
だから、ふと目覚めたら突然スタイルのいい巨乳に変貌している時は何がどうなったのか本気でワケが分からなかった。周囲も自分の部屋ではなく、どこか薄暗い空間で、ドッキリ企画とかそういうレベルではないのは一目瞭然。そもそも何をどうするとちんちくりんがエロボディになるのか、エステってレベルじゃねぇぞとツッコミ入れること請け合いだ。
となるとこれは異世界転生。そしてこの流れからするとおそらく。そんなことを思いながら、須美香はゆっくりと体を起こした。起こして、何だか妙な違和感を覚えた。何か頭軽くない? そんなことを思った。
まあいいと気を取り直して立ち上がった彼女は、なにはともあれ自分の姿を確認しようと鏡を探す。だが周囲を見渡してもそれらしきものはなく、何やら四角い箱が並んでいるばかりだ。人が一人入りそうなその箱には嫌な予感がしたので触れず、部屋の隅にある扉へと歩く。幸い鍵は掛かっていなかったようで、すんなりと部屋の外に出られた。
時刻はどうやら深夜。建物には誰もいないようで静まり返っていた。暗がりを、何故か気にすることなく歩き続けた須美香は、とある部屋でようやく鏡を見付けた。そして、見た。
《な、なんじゃこりゃぁぁぁぁ!》
首がない。抜群のプロポーションを誇る体であったが、それだけであった。首から上は存在しておらず、薄く漂う靄のようなものが自分の五感を補っている。それが現在の須美香の姿であった。ついでに驚きの叫びもその靄が吹き出しとして表現してくれていた。
《いや確かに、スタイルのいい体になりたいって話してたことはあったよ? でもさ、それは要素の話であって、存在の話じゃねぇぇんだよ!》
がぁ、と一通り吹き出しで叫び散らした須美香は、肩を落とすと部屋に置いてある本を二・三冊ほど手に取った。とりあえずこの世界のことを知るための取っ掛かりにでもしよう。そんなことを考えたのだ。
そうして戻ってきた彼女は、自分が起き上がった場所まで歩くとそこに椅子を置き腰を下ろす。見ないふりをしていたが、ここは遺体安置所だ。建物の感じからすると、教会か何かだろう。首がないのは誰かに殺されたか、あるいは。
《あ、そうだ。この体の首はあるのかな?》
処刑されたのならば、一緒に置いてあるだろう。そう思い自分の納められていた箱を覗き込むと、そこには美しい少女の生首が一つ。それを見た須美香は思わず固まった。イラストとは若干の差異があるが、この首は間違いなく。
《悪役令嬢、エリザベス……!?》
須美香が須美香であった頃にプレイした乙女ゲームに出てきた、ヒロインに立ち塞がる敵役、それがエリザベス。
ということは、ここは乙女ゲームに酷似した世界と見て間違いないだろう。そのもの、と断言しない理由は一つ。間違いなく乙女ゲームには首無し令嬢は登場しないからだ。
ううむ、とエリザベスの生首を眺めていた須美香であったが、そこでふと気付く。この首、やけに瑞々しい。死体特有の青白さに近いものはあるが、それにしては血色が良すぎるのだ。そこまで考え、そして自分の置かれた状況を鑑みると。
《……首だけのエリザベスも、そのうち起きそう》
幸い自分は謎のアンデッド(仮)。時間など文字通り腐るほどあるし、夢ならそうしているうちに覚めるだろう。そんな楽観的なことを考えながら、彼女はとりあえず当初の目的通り読書を開始するのだった。