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悪役令嬢、首になる(1)

シリアスほぼゼロでお送りします。

 エリザベス・マクスウェル公爵令嬢が婚約破棄をされたのは、学院主催のパーティーの最中であった。婚約者である第二王子エドワードが別の令嬢を連れて出席したことに始まり、周囲にいた彼の学友と共に彼女を責め立てたのだ。

 彼の傍らにいる令嬢に嫌がらせを繰り返し、ついには傷付けた。そのことを問い詰めると、彼女は怪訝な表情を浮かべた後、はっきりと違うと言い放った。それは、自分ではないと言ってのけた。

 勿論彼はそんな彼女の言葉に耳を貸すはずもなく。証拠は揃っていると告げ、これらをエリザベスの父親である公爵に突き付けると呆れたように溜息を吐かれたと続けた。そうした後、謝罪もされたと、そう述べた。

 それをエリザベスは静かに聞いていた。それが本当なのかは知らないけれど。そう返し、エドワードの表情が変わるのを気にすることなく、彼女は溜息と共にそれで結局どうすればいいのかと問い掛ける。

 エドワードは睨みつけるように彼女を見ると、この空間にいる皆に宣言するかのように言葉を紡いだ。自身と彼女との婚約を破棄すると。わざわざ、どこから調達したのか知らない正式な書類を掲げながら、堂々と宣言した。

 それと同時に、彼はエリザベスを兵士に拘束させた。彼女の行った嫌がらせ、そこにはれっきとした犯罪も含まれている。禁制の薬や、違法の品々を用意した証拠も上がっている。別の書類を同じように掲げ、彼は彼女に指を突き付けた。お前は、第二王子の婚約者どころか、公爵令嬢としても相応しくない。それを締めの言葉にしたかのように踵を返すと、兵士にエリザベスを連行するよう命令した。

 そうしてパーティーの断罪劇は幕を閉じる。エリザベスは公爵家から捨てられ、ただの罪人として裁判にかけられた。そうして、王太子を惑わした悪役令嬢として、スムーズに処刑が決められた。

 ドレスから罪人の着るような質素な服へと変わり果てても、エリザベスは美しかった。蜂蜜のようなとろける金髪も、宝石のような碧い瞳も。そして飾り気もない服になったことによってより強調されるようになった抜群のプロポーションも。そのどれもが、男を魅了して止まない。だからこそ、余計に貼り付けられた罪状が真実味を帯びた。間違いなく傾国の悪女だと人々は頷いた。それに異を唱えるものもいたが、結局数の多さに流されていく。

 国に蔓延った悪令嬢。処刑方法はギロチンと決まった。手枷をはめられたエリザベスは、連れて行かれるその日の朝、髪を首より上に結い上げて欲しいと頼む。その要求に怪訝な表情を浮かべた看守に向かい、彼女は薄く微笑みながらこう述べたのだ。

 ――長い髪が素敵だと言ってくれた人がいたの。だから、まとめて切り落とされるのはごめんですわ。

 そうして、彼女の長い髪が切られることなく、その首だけがきれいに落とされた。美しい髪を持ったまま、エリザベスの首は処刑台に設置されていた籠に落ちた。最後まで泣きわめくこともなく、彼女は静かに処刑された。淑女たるもの、弱みを見せてはいけない。かつて教えられたそれを、彼女は最期の最期まで貫き続けたのだ。







「ん……?」


 エリザベスの意識が浮上する。目をパチパチとさせ、一体どういうことだと彼女は思考した。自分は間違いなく処刑され、首を落とされた。だというのに、何故。

 そんなことを思いながら視線を動かすが、見えるのは薄暗い天井のみ。見覚えのないその場所は一体どこなのか。それを確認しようと顔を上げようとしたが、何が起きているのか、さっぱりきっぱり動かない。首を動かし周囲を見渡そうにも、まるで錆びついた蝶番のように緩慢な動きしかできない。

 どういうことだ、と彼女は思う。自身の体がどうなっているのか確認しようと手を眼前に持ってこようとするが、やはり動かず。自由にできるのは首から上の部分のみ。それも、首そのものはかろうじてというレベルだ。これではまるで。


「わたくしは、どうなって……」


 呟く。そんな彼女の視界の端で何かが動いた。なんとかそれを見ようと首を動かし、視界に入れた途端、しかし彼女は思わず目を見開き声にならない悲鳴が漏れる。


《あ、目が覚めた?》

「わ、わ……」


 椅子に座っているそれは、ぺらりと何かを読んでいる。否、読んでいる素振りをしている。少なくともエリザベスはそうとしか思えなかった。

 なぜなら、そこにいるのは。


《おはよう、首から上》

「わたくしの、体……っ!?」


 見間違うことはない。生まれてこの方ギロチンで泣き別れるまで一心同体だったものだ。それが、何故か呑気に、自分の意思とは無関係に読書をしている。


《あれ? 意外と驚かないんだ》

「……驚愕が振り切れただけよ。あとは、そうですわね。淑女たるもの、弱みを表に出してはいけない」

《誰もいないけどね》

「それでも、ですわ。たとえあなたが、わたくしの体だとしても」


 真っ直ぐに体を睨むエリザベス。そんな彼女を見た体は、どこか面白そうに肩を震わせた。そうでなくちゃね、と笑った。

 ところで先程から、当たり前のように会話をしているが、体は当然声を発していない。体の周りに薄く漂っている靄のような何かが、大衆娯楽の本、漫画の吹き出しのように文字を浮かび上がらせているのだ。どうやらその靄が体の失っている部分の補填をしているようで、だから読書も問題なく出来ているのだろう。


「体がそこで読書をしているということは……わたくしは今」

《そ、首だけ。確認してみる? 一応鏡持ってきたけど》


 ええ、とエリザベスは肯定する。了解と体は彼女の首をひょいと持ち上げ、部屋の片隅にあった机の上に置いた。そうして持ってきた鏡に、それを映す。

 机の上に置かれた生首が、鏡越しにじっと見つめていた。ああ、本当に首だけなのか。そんなことを思いながら、エリザベスは小さく溜息を吐く。


《落ち着いてるね》

「取り乱したところで何も事態は好転しませんでしょう? ならばまず必要なのは現状確認」

《うわぁお、クールー》

「先程も言ったでしょう? 驚愕が振り切れただけだと。それで? わたくしの体は、一体どこまで把握しているのかしら?」

《いやほとんど》

「使えないっ……!」


 ちぃ、と思い切り舌打ちする。弱みを表に出さないとか言ってなかったっけ、と体が問うと、エリザベスは鼻で笑いながらさきほどお前が言っただろうと返した。ここには誰もいない、と。


《へーへー。まあいいや、あたしの知ってる部分だけでもとりあえず話そうか》

「そうして頂戴」

《ついでにあたしの身の上、聞いとく?》

「それが必要な情報ならば」

《……それは聞いてから判断してみて》


 ほんの少しだけ言い淀んだ。それに気付いたが、エリザベスは何も言わない。その代わり、話す前にして欲しいことがあると体に告げた。


「髪を解いてくれませんこと?」

《あー。そうだね。それが一番『らしい』もんね》


 何かを知っているようなその口ぶりに眉が動く。が、それもこれから話すのだろうとエリザベスはと沈黙を続けた。



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