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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

魔人の火 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 突然だが、つぶらやくんは鬼火や人魂のたぐいって、見たことあるかい?

 由来はいろいろあれど、現象としては空を飛ぶ火の玉という認識で通っている。お化け屋敷などでの再現も簡単で、僕たちのときには明かりのついた電球を、釣り糸で吊るすようにして作ったよ。

 そう考えると、鬼火ってさほど神秘性がない現象だな、と僕は思った。

 僕たちでもこしらえることができる細工を、昔の人が思いつかなかったとは考えにくい。きっと同じような道具を作り、当時の照明機器の少なさも手伝って、タネが割れなかっただけ。オカルト否定派の友達には、そう信じる人もいる。

 僕かい? どちらかというと否定派だけど、いくつか話を聞いたいまじゃ、「ナシよりのアリ」……ってとこかな。


 ――その話を聞かせて欲しい?


 君なら、そういうと思ったよ。

 じゃあ、この話にしようかな。



 むかしむかし。とある村に親と大喧嘩して、ふて寝した男の子がいたそうだ。

 父親がひどく怒って、何度も子供を叩くほどだったとか。はた目にも非があるのは子供の方で、それを頑なに認めようとしなかったために、反抗する気力がなくなるまで、えぐられていったらしい。

 枕を涙で濡らしながら、その子はある夢を見た。

 暗闇の中に立つ自分。その目の前で、一気に炎が横へ広がっていく光景だ。幕が上がっていくように、低いところから立ち上るだいだい色の揺らめきは、瞬く間にその子の周囲を包み込む。

 自分の背を越す高さの火に囲まれ、逃げ出せない子供。その正面の火の中からぬっと、姿を現す人影があった。


 父親を頭二つほど超える長身に、その子が手を広げて、ようやく届くかという広い肩幅。そして巨樹の幹を思わせる太さの四肢と、影のように黒くなって見えない、顔から足元にかけての身体の前面。

 これまで目にしたことのない大きさの図体が、のっしのっしと自分との距離を詰めてくる。背後はすでに火に取り囲まれて下がれず、縁にそって離れようにも、巨体との間隔を十分に広げることはできなかった。

 ほどなく、男の子の顏に人影の大きな手が伸びてくる。がしりと視界をふさぎつくされ、双方のこめかみにキリリと痛みが走った。


 ――顔を掴まれている。


 そう判断したときには、その握られたこめかみから、びりびりとしびれる痛みが顔を伝い出していた。

 声にならない悲鳴をあげる彼の顔面で、痛みは両目に集まっていく。じんわりと表面に溜まっていったものが、やがて栓か底が抜けたように、すっと瞳の奥へ吸い込まれたんだ。

 人影が手を放したのと、その夢から彼が抜け出したのは、ほぼ同時だったという。



 家の中にはすでに陽が差し込み、家族ももう起き出している。

 父親は仏頂面で飯を食べていたが、息子の顔を見ると、平然とあいさつをしてきた。昨日までの激怒が、ウソのような落ち着きぶりだ。

 もう男の子は泣いていなかったが、身体を起こすや、つい大あくびをかいてしまう。まぶたを閉じた拍子に、あふれた涙がつつっと頬を垂れるのを感じたが、指で拭おうとしたそれは、想像以上に熱かった。

 つい指を引っ込めてしまったし、涙そのものも気がついたら、すっかり乾いていてしまったとか。



 やがて手伝う家の仕事の中でも、彼は夢の中で掴まれた部分。こめかみから瞳にかけて、しばしば熱を感じたらしい。

 意識して泣こうとはしていないのに、自然と瞳がうるんで、視界がぼやけかけてしまう。でもぐっと目を見張ると、それだけで涙は勝手に乾いてしまい、今度はこぼれ落ちることさえしなかったんだ。手で拭った涙も同じで、触れた先から、濡れた痕跡ひとつ残さず、消え去ってしまう始末だったとか。


 涙が乾けば、目は更に痛みを増す。

 昼を過ぎてからの彼は、井戸水の入った水筒を片手に、しばしば目元を洗いながら仕事に臨んだらしい。

 このおかしな状態は、夕方近くなるとようやく落ち着いてきて、彼も胸をなでおろした。手伝いが終わる時期とも重なり、近場の薪の山の上に腰かけながら休んでいたときのことだった。

 

 彼のつま先近くに、二羽のスズメが降り立った。

 スズメは人に対する警戒心が強い。エサでもまかないかぎりは、こんな近くにやってくることはほとんどなかった。それがこうして、足元近くでぴょこぴょこ跳ねるようにしてうろついているのは、彼の疲れを察して、襲われる恐れなしと踏んでいるのだろうか?

 

 実際、彼にスズメを害する気はなかった。腰かけた姿勢のまま、二羽がときどき地面をついばみつつ、行ったり来たりするのをぼんやり眺めている。

 やがて一羽が、くいっと顔をあげて男の子を見やった。小さい首をくりくり動かし、こちらを見つめるスズメの仕草は可愛らしい。

 けれどほどなくその一羽は、羽を広げる姿勢をとる。そして片割れを置き去りに、空へと飛び去ってしまった。異変を感じたのか、残された一羽も彼を一瞥したあと、後を追うように羽ばたく。


 ――慌ただしいなあ。


 のんきに見送っていた彼の前で、先に飛び立ったスズメが、いきなり燃えた。

 火だるまになった。夕日に向かって飛び立っているがゆえに、太陽に焼かれたかのようにも思える。

 燃え始めこそ大きくふらつき、墜落するかと思うほど高度を落としてしまったが、信じがたいことに、スズメは元の高さにまで上昇。ぐんぐんと、彼の視界の中で遠ざかっていく。

 後から飛んだスズメは、前の一羽ほどでないにせよ、顔から首にかけてが、やはり同じように火に包まれてしまった。

 範囲の狭さゆえか、こちらはバランスを崩さない。苦しむ様子もまったく見せないまま、二羽とも太陽の中へ溶け込んでいってしまったんだ。



 それから、村の周りでは鬼火、狐火が頻繁に目撃されるようになる。

 夜になると周辺にある木立の中、もっと近い時には村はずれや、家屋の屋根の上を飛び回ったこともあったとか。

 その間も、件の男の子の目の痛み、および発火を促す怪現象は止む気配を見せなかった。程度もはなはだしくなっており、顔を合わせれば、猫や犬などもこの奇妙な火を身にまとってしまったとか。

 そして火にまかれた者は、たとえ誰かに飼われているものであっても、鎖で縛られていようとも、そのしがらみを置き去りにして、村を抜け出してしまうんだ。

 そして追い討ちをかけるように、目撃談の中には、炎の中心に骨の塊が浮かんでいるのを見た、というものが混じり出した。


 ――自分が火をつけてしまった者たちだ。


 彼はそう直感し、家族に相談したうえで、お祓いを受けることになった。

 だが、ここでも問題が立ちはだかる。祈祷の声を聞いただけで、彼は立っていられなくなってしまうんだ。

 倒れ込んで身体をかきむしり、その爪が皮膚を破って血を流しても、止めようとしない。残った肌にも次々と発疹が浮かび、連れ添う両親の方からお祓いの中止を望んでしまうほどの苦しみ具合だったとか。


「残念ながら、お子様のいまの状態、人のものではございませぬ。魔や鬼に近しい者といえましょう。ゆえに、人のための破邪はかえって身体を苛むものになっておりまする」


 祈祷師の言葉に両親は息を呑むも、息子自身は、スズメがあれほど近くに下りてきたときから、薄々予想がついていた、

 

「ですが私の見る限り、これは一過性のもの。時が経てば、いずれ鎮まるものと見受けました。

 向こうひと月ほど。力は強まっていき、やがては消えるでしょう」


 その間、できる限り視界に入れるものを少なくするように、という指示も添えられる。

 これ以上力が強まれば、動物のみならず、人にも影響を与えるのは時間の問題。少なくともひと月は、洞窟の中などで過ごすことを奨める、とも。



 両親と村の者で話し合った結果、村の中の洞窟へ隔離されることとなった。

 中から出てきて良いのは、村から響く鐘の音が所定の回数鳴らされてから、新たに鳴らされるまでの間。それ以外は洞窟から一歩も出ることはまかりならないと。そしてその鐘の音は、たいていが人々の寝静まった、夜中のことだったとか。

 彼が閉じ込められて、しばらくは鬼火、狐火を目にする機会は減ったらしい。しかし、半月ほどが過ぎると、その数は以前を上回る勢いでぶり返してしまった。


 火のひとつひとつは従来のものより少ないが、その分、密度が濃い。

 ノミほどの大きさの火が何百、何千と同じ場所へ身を寄せ合い、これまでの狐火たちを上回る大きさで、ゆったりとした動きで、いくつも空を飛び回るんだ。もちろん、いずれにも近寄ることは禁じられた。

 それでも指定された期日近くでは、ほとんど迷路の壁のごとく炎が漂い、避けきれなかった者が出てしまったらしい。彼らはもれなく、寝たきりになってしまい、肌がおのずと黒ずみ、咳と吐血に苦しみながら、一両日中に息を引き取ったとか。


 祈祷師の示した日を過ぎると、例の細かい火も姿を消した。

 解放された彼自身もまた、あの夢以来感じていた、瞳の痛みや渇きが一気に引いていったという。それから時を置いても、同じ症状は見られなかったとか。

 例をいうべく、祈祷師の下へ向かった一家だが、祈祷師自身はすでにこの世を去っていた。付き人の話では、彼を祈祷した数日後。夜中に身体中から漏れ出した炎に包まれ、そのまま灰と化してしまったらしいんだ。

 だが生前に残した観測では、きっとあの子供は、いまの人に抗えないものを、ねじ伏せるという確信を持っている様子だったとか。


 更にこの時期。村の近隣では流行り病が広がっていた。それに見られる症状は、ここの炎に触れてしまった者とほぼ同じだったとも。

 彼が最終的に、燃やせるに至ったもの。それは流行り病の病原菌だったのかもしれないね。

 


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