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093 酔い

「……嘘」


 否定の言葉を口にしながらも、目は現実に対処するため部屋を見渡した。そして、すぐに刃物の飛んできた元が分かった。


 男たちの一人、刃物で襲いかかってきた男の一人が体を半分起こして片手を突き出している。この男が刃物を投げ、それに気づかない芽衣を許欽が庇ったのだ。


「誰か来てくれ!!侵入者だ!!」


 男が大声を上げた。


 男たちは初め、芽衣に負けるなどとは思っておらず誰も応援を呼ばなかった。しかし今はその強さを確認している。


 当然、まず応援を呼ぶのが第一選択だろう。


「……うぁあああ!!」


 芽衣は雄叫びとともに跳躍一つで男の頭上まで飛んだ。


 その勢いのまま顔面に蹴りを食らわせる。男はその時点で意識はなかったろうが、着地した芽衣は男の腹に深々と拳をめり込ませた。


 そしてまたすぐに許欽の元へと走り寄った。


 うつ伏せに倒れた許欽の背中から、刃物が天井に向かって伸びていた。あまり大きな刃物ではないが、突き立つ程度には深く刺さっていた。


「いやぁっ!欽兄ちゃん!」


 芽衣は慌てて刃物を抜いた。


 許欽が苦しそうな声を上げ、抜いたところから服にじわりと血が広がった。


 芽衣は後悔した。抜かない方が出血を抑えられたのではないだろうか。しかし再び刺し直すわけにもいかない。


 芽衣がどうしていいか分からず混乱していると、意外にも許欽は起き上がろうと手足を曲げ始めた。


「だめっ、動かないで」


「……いや、大丈夫だ。立って歩けないほどじゃないと思う」


「無理だよ」


「無理してでも……逃げなきゃいけないだろう」


 許欽は苦痛に顔を歪めながらも、なんとか立ち上がった。本人の言う通り、歩けないほどではないのかもしれない。


 外から人の声が聞こえてきた。


「急がないと……」


 許欽は芽衣に支えられながら出口まで歩いた。扉を少しだけ開けて外を覗く。


 そして二人は、扉の隙間から見える光景に絶望した。


 離れの前の中庭には、すでに十人以上の男たちが集まっていた。それぞれに思い思いの武器を手に取っている。


 屋敷には軍が攻めてくる前提で人が集められていたのだ。これくらいすぐに来るのは当然だし、いくらでも敵は増えるだろう。


 庭には篝火がたかれており、男たちの殺気立った表情が濃い陰影で浮かび上がっている。


 芽衣は許欽を離れの中に押しやった。そして酒の瓶を拾うと、最後の一滴まで飲み干してから無造作に投げ捨てる。


 瓶が壁に当たり、小気味の良い音を上げて粉々になった。


「欽兄ちゃんはここにいて。人質にされたりしたら困るから」


 口元を拭いながらそれだけを言って、扉の外へと向かう。


「待つんだ芽衣!もう投降しよう。それ以外どうしようもない」


 酔っている割に、芽衣は冷静に答えた。


「さっき、ちょうど殺されるところだったって言ってたじゃない。やらなきゃ、欽兄ちゃん殺されるから」


 芽衣は許欽の返事を待たずに外に出て、離れの扉を閉めた。


 集まった男たちは鉄火場に突然現れた女に戸惑った。


 酔っているようで、足がもつれたように身体が揺れている。揺れるたび、女の着物もゆらゆらと揺れてそれがまるで羽根のように感じられた。


 篝火に踊る影もその揺らめきを助長し、男たちは夜に羽ばたく一匹の胡蝶の幻を見た。


 その幻に誘われたかのように、男たちの一人が不用心に近づいてくる。


 まさかその胡蝶に毒があるとは、夢にも思わなかった。

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