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三国志 群像譚 ~瞳の奥の天地〜 家族愛の三国志大河  作者: 墨笑
短編・中編や他の人物を主人公にした話
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医聖 張仲景24

 張機の父が泣いていた。


 泣きながら酒をあおり、そして息子に止められる。


「父さん、飲み過ぎだよ」


 その制止に顔をなぜかほころばせた父は、また泣いた。


「これが飲まずにいられるか。めでたい、めでたいじゃないか」


 父はどうやら嬉し泣きしているらしい。


 息子が一端(いっぱし)の身分になって帰郷したのがよほど嬉しかったのだろう。


 しかも先日は刺史であり皇族でもある劉表が自ら実家に出向き、その働きを謝していった。父としてよほど誇らしかったようだ。


 張機にとってもその事自体は良かったのだが、今の父の様子にはため息が出てしまう。


 父は年を取ったのだろう。酒で多少乱れることはあったが、昔はここまで涙もろくはなかったように思う。


「あのさ……うちで晩酌してるんならまだしも、人の家で集まって飲んでてそれはどうかと思うよ?」


 ここは張羨の実家だ。


 張機が帰省するに当たり、張羨が自分の実家で宴の準備をしてくれていたのだ。今はその真っ最中であり、大広間は明るい声で満たされている。


 しかも一族の人間がかなりの人数呼ばれた。荊州南陽郡の張氏はそれなりの大族だから屋敷中がごった返している。


「これだけ大騒ぎなんだから誰も気にしないわよ」


 そう言ってくれたのは玉梅だ。ニッコリと笑って父の杯に酒を注ぐ。


 張機と玉梅はこの宴でかなり話し込んでいた。本当に久しぶりで、孝廉後の人生を話すだけで時間はすぐに溶けた。


 その楽しい会話の中で、張機はあらためて思った。


(やっぱり僕は、いまだに玉梅のことが好きだ)


 そう思う。


 素直に笑い、その純真さが愛嬌になってとても可愛らしい。それは歳を重ねても変わっていない。


 ただし、張機の中で昔とは違うこともあった。


(でも玉梅を前にしても、もう胸の苦しさは感じないんだな)


 以前は苦しいほどの切なさを覚えていたが、それが全くないのだ。むしろ自分の中にある玉梅への好意がただただ暖かく感じられる。


(昔は叶わない想いが苦しかったけど、もう叶えたいとも思わないもんな)


 たとえ玉梅の方から誘ってきたとしても、今の自分が応じることなどないだろう。


 生きてきた時間が、家族と生きてきた時間が想いを昇華させてくれたのだと思う。


 今胸にあるのはとても気持ちの良い想いなのだ。


 とはいえ、今の玉梅の行いは止めるべきものだと感じた。


「玉梅、父さんへのお酌はもういいよ。次からは水にしよう」


「なに?私はまだまだ飲めるぞ。そんなに酔ってはいない」


 父は自分の言う事を証明するように、一気に杯を干した。


 そのろれつは確かにまだしっかりしていたが、人目をはばからずに泣くほど酔っているのだ。さすがに止めた方がいいと思う。


「あのね……」


「いいじゃない。おじさんがこんなに乱れてるのは張機が結婚した時以来よ。本当に嬉しいんだろうから、今日くらい好きに飲ませてあげたら?」


 玉梅はそう言って父を擁護した。


 張機にはその事実が意外だった。


「ええ?あの時もこんな感じだったの?」


「そうよ。それはもう周りまで嬉しくなっちゃうような喜びようだったんだから」


 玉梅はその様子を思い出して笑い、それから今の様子を見てまた笑った。


「うん。あの時もおじさん泣いてた。かなり泣いてた」


 張機は頭をポリポリと搔いた。


「あー……父さん?心配させて申し訳なかったね。でもちゃんと子供も産まれて、ご先祖様に顔向けできるようになったから」


 儒教的な価値観でもって、張機はそう言った。


 しかし父はその言葉に首を横に振る。


「いや、私が嬉しかったのはそういう理由じゃない」


「え?じゃあ何?」


「自分の子供が幸せになったことが嬉しかったんだ」


 父は大仰にうなずきながら答えたが、張機には多少の異論がある。


「でも結婚したからって幸せになれるとは限らないと思うけど」


「それは私も分かってる。しかし子供を愛している親は、例外なく子供がいて幸せだと感じているんだ。だから子供にも同じように幸せになってもらいたくて、家庭を持ってくれることを望む。押し付けだと言われても、ついそう望んでしまうんだよ」


「……ああ」


 張機は自身も親になっているから、その気持はよく分かった。


 子供の幸せを決めつけたり、押し付けたりするのは良くないと思う。


 ただし自分は子供がいて幸せだ。家族がいて幸せだ。だから親として子供の幸せを考えた時、自然と家庭を持って欲しいと思ってしまうのだ。


 迷惑だと感じられることもあるだろうが、これもきっと愛と呼べるものに違いない。


「ありがとね、父さん」


 息子は父の愛に対し、酒を注いで応えてあげた。


 父はそれを嬉しそうに胃の腑へ流し込み、自分も息子の杯に酒を注いで感謝を返した。


「お前こそ、幸せになってくれてありがとうな」


 父の目からはまた涙がこぼれた。


 それを見た張機は、やはり飲み過ぎだから酌はこれで終いにしようと思った。

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