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035 曹操

「なに?子供?」


 曹操は微妙な表情をして見せた。


「それは何というか……良いものなのか?先ほどの許靖殿の口ぶりから、つい期待してしまったぞ」


「失礼しました。確かにあまり聞こえがよくありませんね」


 許靖は自分の語彙力(ごいりょく)の無さを笑って言葉を続けた。


「子供と言っても、ただの子供ではありません。あらゆる才に溢れた子供です。『麒麟児』とでも表現するのが的確かもしれません」


「麒麟児、か……それはどんな様子から分かるんだ?麒麟児は私の瞳で何をしている?」


「まず子供の数は一人ではなく、数え切れないほどの大人数です。その子供たちは皆別々のことをしています。ある子は勉学に励み、ある子は武芸の鍛錬をしています。戦ごっこをしている子もいます。絵画や工芸に精を出す子もいます。そして、そのどれもが抜群に出来ているようでした」


 許靖はその文の美しさ、武技のキレ、芸術の完成度など、全てに目を引かれた。子供たちは皆利発で、俊敏で、豊かな感性を持っている。


(瞳の奥から『才』が湧き水のように溢れてくるようだ)


 許靖は多才という点で、曹操ほど優秀な人間を見たことがなかった。


 曹操は顎を撫でながらうなずいた。


「なるほど……確かに私は色々なことに熱中してしまう(たち)ではあるな」


「この麒麟児たちの「天地」は、曹操殿の多才を示していると考えます。学問、文学、武芸、工芸、趣味や遊び、いずれを取ってもあなたは第一級の人になれる」


「おお、良いことを言ってくれたな」


 曹操は白い歯を見せて笑った。


 許靖はその笑顔にたまらなくなるような魅力を感じた。


「……そして何より私の目を引いたのが、どの子も多くの仲間に囲まれているということです。とても慕われているように思えました。それに見ている私自身も不思議と惹きつけられるのです。どう表現していいか分かりませんが、言いようのない魅力を感じたのです」


 それはいわゆる『カリスマ』と言われるものだろう。


 カリスマという単語の原型は『神より賜った能力』を表すギリシア語なので、漢代のこの地域には存在しない表現だ。


 しかし許靖は曹操の「天地」にそれを強く感じた。


(いくら多才な人間でも、本人一人の才覚だけで出来ることなどたかが知れている。しかしそれに人を惹きつけて動かせる力が加われば、一体どれほどの事が成しうるか、想像もできない)


 本人自身の溢れんばかりの才覚に、周囲を惹きつける魅力。これほどの人間はそういないだろう。


(しかも、その本質が「子供」という所が最も重要だ。これが大人であればただの優秀な人間で終わる。しかし子供は『創造』が出来る。新たな社会を、新たな歴史を創ることも可能だろう。歴史に名を刻む人間というのは、きっとこのような「天地」の人物だ)


 曹操と初めて会った日、若い許靖はそんなことを思ったものだ。


 曹操は許靖の言うことに心当たりを感じつつも、疑問も持った。


「確かに私自身、周囲の人間には恵まれたと思うな。しかしガキ大将のような立ち位置にいたのは袁紹(エンショウ)だったぞ」


 ここで出た袁紹という人物は、四代に渡って三公(朝廷の役職の内、特に地位の高い三つ)を輩出した名門、汝南袁氏(ジョナンエンシ)の出身で、曹操と同世代の者達の中でも特に有力者として知られた人間である。


 実際に、次世代の国政は袁紹が担うだろうと言う者も少なくない。


「私は袁紹殿の瞳も存じておりますが、失礼ながら袁紹殿は曹操殿が人から慕われることすら上手く利用して、己の集団を強くできる方です」


 曹操は、その言葉には苦笑するだけで何も答えなかった。


 許靖も失言だったかと反省し、一言付け加えた。


「それも、人の上に立つにはとても大切な力です」


「そうだな、それには私も完全に同意だ」


 曹操はうなずいて茶をすすった。


「分かった。随分と持ち上げられたようにも思うが、私自身感じ入るものがあった。それで、今の私の瞳にはあの頃とどのような違いが見られるかな」


 許靖は曹操の瞳の奥の「天地」を改めて鑑た。


 しばらくの間、黙って凝視する。曹操も微動だにせず、見られるに任せていた。


 やがて許靖は口を開いた。


「大まかなところは変わっていませんが……私には大きく変わったようにも思えます」


(どっちだ)


 曹操は心の中でそう思ったものの、黙って次の言葉を待った。


「多くの仲間に囲まれて、多くの活動に熱中しているのは変わりませんが、子供達の年齢が少し上がったように思えます。多少、落ち着かれたということでしょうか」


 曹操は一つうなずいた。自分でもそう思うのだろう。


「それと、とても気になることが一つ。人の入った玉を愛でる少年がいます。その少年が一際大きく見えるのです」


「人の入った玉を……?それは一体、どういうことだろう」


「玉はたくさんあって、布で磨いたりしています。そうですね……収集癖のある少年が己の集めた宝物を並べて、愛でている感じでしょうか。玉の中の人間達はそれぞれ別のことをしていますね。弓を射る者、剣を振るう者、学問をする者、農業や漁業、狩猟をする者、これは……攻城兵器を作る者か?」


「……なるほど、分かったような気がする」


「人材の収集癖が芽生えましたか」

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