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024 腐敗官吏

 許靖は眉根を寄せ、水晶に火を近づけて覗き込むようなしぐさを見せた。


「なんだ、どうした?」


 韓儀はニヤニヤと笑みを浮かべたまま尋ねたが、許靖は答えない。


 できるだけ不安そうな表情を浮かべて、ただひたすらに水晶に顔を近づける。


 韓儀はしばらくそれを黙って見ていたが、答えない許靖にだんだんと苛立ちを募らせていった。


 やがて痺れを切らして、荒い声を上げた。


「おい、どうしたというのだ」


 許靖は水晶から目を離さずに答えた。


「韓儀様を……邪魔する者が見えます」


「なんだと?」


「星の中に薄っすらですが、韓儀様に恨みを抱き、その邪魔をしようとする者が見えるのです」


 韓儀は不快そうに鼻を鳴らした。


「どういうことだ。俺が何をしようと天が許すのではないのか」


「もちろんおっしゃる通りです。しかし天が許そうとも、地に人の恨みが残ることがあります。もちろん韓儀様の天恵に比べれば微々たるものですが、放置するのもよろしくないかと。始皇帝のように、子孫の代に不幸が巡ることもあるのです」


「なんだとっ!?……確かに始皇帝の秦は早くに滅びたが、子孫であろうとそのようなことは許さんぞ。それはどこのどいつだ。一体どうすればいい?」


 許靖は水晶から目を離すと、韓儀の瞳をまっすぐ見た。相変わらず天女が踊り狂っているが、中心で寝そべった男がいらいらと爪を噛んでいるのが見えた。


 許靖は安心させるように微笑んで、大きく首を縦に振った。


「ご心配にはおよびません。この程度の恨み、私が簡単に(はら)って差し上げられます」


「……そうか、祓えるか」


 韓儀はほっと息をついた。


「ただし……」


「なんだ、銭か?銭ならばいくらでも……」


 その言葉に許靖は慌てたように手を振った。


「いえいえ、滅相もない。韓儀様からお金などいただけません。本日、あなた様を見られたという栄誉だけで十分です」


「銭がいらんだと?珍しい奴だ。まぁ後でいくらか包んでやるから持って帰れ。銭はいくらあっても重い以外の邪魔にはならん。……それで何だ?」


「はい、韓儀様が恨まれている理由とその者の素性が知りたいのです。私は文字や言葉にまじないをかけて恨みを祓いますが、言葉で祓うにも、文字で祓うにも、事情や名前が分からなければやりようがありません。逆に言えば、それさえ分かればわけもなく祓えます」


「……なるほど、そういうものか」


 韓儀は何となく得心したようだった。


「で、お前に見えているのはどのような奴だ」


 許靖はまた火を水晶へ向けて、それに目を凝らした。


「……はい、見えているのは五人の男ですね」


「それだけでは分からん。もっと特徴はないのか」


「……顔が……ありませんね。潰されています」


 その言葉に、韓儀の息遣いがピタリと止まった。


 脳が麻痺でもしてしまったかのように、表情を消して押し黙る。


 心なしか、許靖には後ろに立つ二人の護衛の呼吸もかすかに乱れたように感じられた。


「韓儀様?」


 許靖は水晶から顔を上げ、韓儀の瞳を見た。


 その「天地」の中心で寝そべっている男の表情が、完全に固まってしまっている。天女たちも踊りを止め、その顔は完全に白けていた。


(まずいな、何とか盛り返さないと)


 許靖はそう思い、韓儀を肯定する言葉を必死に探した。


「韓儀様。何を心配されているかは分かりませんが、韓儀様が行うことはすべからく天の許すところです。始皇帝は戦で多くの人命を奪いましたが、それでも許されて至高の座につかれたのです。それと同じように、韓儀様が何をなさろうとそれは罪にはならないのです」


 許靖の口調は優しく、ささやくようだった。目を細め、できるだけ柔和な顔を作りながらゆっくりと語りかける。


「考えてもみてください。天の子たる韓儀様がされたことには一切の罪などないのです。ならば、恨みは恨みといえましょうか?言ってみれば、全ては逆恨みでしかありません」


 許靖の言葉に後押しされるように、韓儀は小さくうなずいた。


 「天地」の中の男にも、徐々に表情が戻ってきたように思える。天女たちもまた、ゆっくりと踊り始めていた。


 許靖は言葉を重ねた。


「見当違いな逆恨みの理不尽を、私が祓って差し上げるだけです。何もご心配はいりません。どうぞ、心安くお話しください」


 韓儀はすぐに答えなかったが、許靖には瞳の奥の「天地」から、韓儀が急速に自己中心的で傲慢な人格に立ち直ってきていることがよく分かった。


 「天地」の中の男が口の端を歪め、天女たちは再び踊り狂っている。


 だから、しばらく黙ってそれを見ていることにした。


 やがて韓儀は再び醜く顔を歪めて笑った。


「そのような者どもの名など、知らんな」

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