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197 明鏡止水

 許游はくるりと振り返り、一番近い兵へ向かってゆっくりと歩いた。


 力の抜けたごく自然体で、まるで道端で知り合いにでも会ったかのような様子だった。


 兵の方はこの若者をどう扱えばいいのか分からず、とりあえず適当な言葉を投げかけた。


「おい、お前……」


 この兵が覚えていたのは、ここまでだ。


 その方がいいだろう。もしこの先も覚えていたとしたら、顔面の真ん中に突き刺さった拳による激痛を記憶しなくてはならなかった。


 許游の突きで吹き飛んだ兵は、周囲にいた二、三の兵を巻き込みながら倒れた。


 かろうじて巻き込まれなかった兵が怒声を上げる。


「てめぇ、やりやがったな!」


 兵は許游の頭を叩き割ろうと、剣を上段に振り上げた。


 しかし剣が一番高く上がった時にはすでに許游が踏み込んでいて、剣の柄を下から手で押さえていた。


 どんな攻撃、どんな動きでも、その起こり始めを押さえられれば力を込められない。兵は剣を振り上げたまま、動けなくなった。


 その兵の顔面へ、先ほどと同じように拳が突き刺さる。その一撃でこの兵も意識を失った。


 その隣りの兵が、許游を袈裟掛けにしようと剣を斜めに構えた。しかし、次の瞬間にはまた許游に踏み込まれている。


 許游は踏み込みつつ片手で相手の腕を押さえ、もう片手を腰だめに構えた。


 初動を押さえられた兵は、やはりそれ以上剣を動かせない。許游は腰だめにした拳を突き出し、また一人を昏倒させた。


 また別の兵が許游を斬ろうとしたが、やはり同じことになる。攻撃の動き始めを押さえられ、何もできないままに倒された。


 まだ床に座り込んだままの春鈴は、弟の動きを目に見張った。


 弟の武術は物心ついた頃からずっと見てきた。だから、その動きはある程度だが予想できる。少なくとも、今まではそう思ってきた。


(何あれ……あいつ、あんな事できたの?あれ、相手の動きが初めから分かってるじゃない)


 許游が攻撃の初動を押さえられているのは、それが理由だった。


 敵が動く前からその動きが分かる。だからそれに合わせて踏み込んで、攻撃を封じることができていた。


(自分の心を鏡にして、相手の心を映すんだ)


 許游はそんな感覚を抱きながら戦っていた。


 今もし許靖の意識があって許游の瞳の奥の「天地」を見たなら、波一つ無い鏡面のようになった海を見ることができただろう。


 そして古代の壮子(ソウシ)を起源とした『明鏡止水』という言葉を得られたはずだ。


 許游は兵たちの動きを完全に見切り、その攻撃を小さな動作で捌きながら次々と昏倒させていった。


「くそっ!囲め!四方から斬りかかれ!」


 兵の一人がそう言った時には、許游は後ろに三度跳んで囲まれないよう距離を取っている。


 多対一で戦っている以上、それは一番警戒している所だった。


(でもこれじゃ……その内じり貧になるな)


 許游には冷静にその計算もできていた。


 敵兵の数はまだ数十人いそうだ。失策せずに今の戦い方を続けられるとは思えなかったし、体力も持たないだろう。


 許游はまだへたり込んだままの姉へ向かって声を上げた。


「姉さん、いつまでビビってんだよ。こいつら姉さんよりだいぶ弱いよ?姉さんが鬼だとしたら、こいつらは犬だな」


「……誰が鬼よっ!?ぶっ飛ばすわよ!!」


 春鈴は鬼のような怒声を上げながら、跳ねるように立ち上がった。


「あ、動けた……」

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