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116 大切なこと

 その日の夜、久しぶりに満腹になるまで食べた許靖は星空の下で花琳と話をした。


 甲板に座り、船が波を切る音を聴きながら自分の思いを吐露した。


 自分のせいで許欽が死んでしまったという自責の念や、過度に戦を恐れてしまった後悔、そして、それでもまだ戦を恐れてしまう自分の弱さへの歯がゆさなど、ずっと心の沼に溜まったままだった気持ちを吐き出した。


 花琳は許靖の言うことを否定しなかった。自分が思いつくような論理など、夫なら言われなくても分かっているはずだと思った。


 だからただ話に耳を傾け、辛そうな時には手を握ってやった。


 許靖の心はそれでずいぶんと楽になった。


 もちろんまだ息子の死を正面から受け止めることなど出来はしない。だが、少しずつでも向き合っていけるような気がした。


 死という事実が覆されないのだから、本当の望みが叶うことはない。だから、時間をかけて少しずつ受け入れていく以外に方法はないのだ。


「ありがとう」


 許靖は涙を拭いながら花琳へ礼を言った。


 考えてみれば、許欽が死んでから一度も泣けていなかった。今花琳に思いを話しながら、ようやく泣けたのだ。


「泣きたい時には泣いた方がいいですよ。これは、昔あなたが私に言ってくれたことです」


 花琳にそう言われ、許靖は記憶の糸をたどった。


 そうだったろうか。そういえば結婚前にそんなことを言った気がする。自分の言ったことながら、確かにその言葉は真実だと許靖は思った。


 花琳は許靖の手を強く握り直した。


「あなたに三つだけ約束して欲しいことがあります」


「なんだ?」


「一つ目は、自分一人で思いを抱え込まず、周りの人に話すこと。二つ目は、部屋にこもらず外に出て体を動かすこと。三つ目は、栄養を考えて毎日きちんと食べること」


 花琳の挙げた約束は、現代医学でもうつ病など一部の精神疾患に良いとされている習慣だ。


 思いを吐き出せば思考が負の連鎖に陥りにくくなるし、客観的に自認もできる。また、適度な運動は身体だけでなく精神状態も改善させることが科学的に証明されている。加えて、一部のビタミンやミネラル、タンパク質など栄養が不足していたり、バランスが崩れていたりすると心にも悪影響を及ぼすことが示唆されている。精神科医の中には栄養指導を中心に治療を行う者もいるほどだ。


 許靖は花琳の言葉にうなずいた。


「分かった、約束しよう」


 花琳は安堵の息を吐いた。


 この三つの約束が守られればそれほど酷いことにはならないだろうと思い、花琳の手から力が抜けた。


 今度はその手を許靖の方から強く握り返された。


「心配をかけてすまなかった。欽からも、大切な人たちを頼むと言われていたのにな」


「そうですよ、大切な息子の遺言です。しっかり守ってくださいね」


「ああ、肝に銘じよう」


 許靖は大きく伸びをして、甲板の上に横になった。視界を満点の星空が満たしている。


 花琳も許靖にならって横になり、星空を見上げた。


「天井を見上げるより、空を見上げた方がずいぶんと気持ちがいいんだな」


 花琳はそのつぶやきに返事をしなかった。代わりに許靖の肩へ頭を寄せ、無言で腕枕をせがんだ。

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