怒るトカゲ少女もかわいい
ようやく服を着終えると、ギンが家へと案内してくれた。
思っていたより近く、歩き始めてから十分もせずにギンが立ち止まる。家で勇者に捕まって、さっきの場所まで引き摺られていたということなのだろう。
しかし俺は距離以上に、家とやらの様相に驚いていた。
「ここが家……なの?」
「ん、寝床」
連れてこられたのは大きな洞窟だった。
RPGで見るような「ダンジョン」そのままだが、実物を目の当たりにすると違和感を感じる。
異様に広い入口は、まるで侵入者を自ら招き寄せているかのようだった。
「こんなとこにいたら、また勇者に襲われちゃうんじゃねぇの?」
「ん。いつも襲われてる。朝起きたら大抵勇者いる」
悪夢のようだなそれ。
俺は先ほど対峙した勇者の威圧感を思い出し、身震いしてしまった。
「入口にもっと罠とか設置した方が良いんじゃないか? 敵をおびき寄せるのが目的なら、これで良いんだろうけど」
「罠……。作り方分からない……」
俺が尋ねると、ギンはしょんぼりと肩を落としてしまった。
話を聞くと、どうやら罠などは全て魔王が作っていたらしく、魔王が死んだ今では作り方を知る魔獣がいないようだ。即席の住処でなんとか敵を撃退しているのが現状だという。
この住居問題は早くなんとかしなければと考えていると、何者かから、聞き慣れない声で呼び掛けられた。
「おい、誰だお前は! ギンから離れろっ!」
声のした方を向くと、そこには一人の少女が立っていた。
その服装は、例によって全裸。しかしギンとは違い、胸と局部は燃え盛る炎によって隠されている。
そして彼女は目線を向けるなり右手の平から炎を出し、俺に襲いかかってきた!
「テラ、ダメ!!!」
「あぁ!? なんで邪魔するんだギン! 侵入者はさっさと殺さなきゃだろうが!」
「この人、私を助けてくれた。私達の、仲間」
「はぁ? 何言ってんだおめぇ。そんなん罠に決まってんだろ!」
ギンが俺を炎から庇ってくれるが、それを見た少女は男勝りの言葉遣いで猛る。彼女はギンを睨みつけると、威圧するように口から火を噴いた。
「ただでさえ私ら魔人は立場が低いんだ。そのうえ人間まで連れてきたら、今度こそ魔獣として認められなくなるぞ!」
「テラ……」
俺が歓迎されていないことだけは分かったが、魔人という単語を知らないのでテラと呼ばれた少女の言っていることはよく分からなかった。
彼女たちの話を中断して、ギンに尋ねてみる。
「ギン、魔人ってのはなんのことだ?」
「人に近い、魔獣……。みんなと違うから、嫌われてる」
説明が断片的で分かりづらかったが、【ウィザーズ・デスマッチ】をやったことのある俺には意味が分かった。あのゲームには人型の魔獣など殆ど存在していなかったため、やはりギンやテラのような存在はイレギュラーであるらしい。
スライムやドラゴンなどのモンスター然とした魔獣こそが一般的で、その分彼女らは異質なものとして差別されているということなのだろう。結局ここも現実世界と同じかと、俺は歯噛みする。
「人に近い体に生まれちまったせいで、私はろくに強い火も使えねぇんだ。これがサラマンダーとしてどれだけ恥ずかしいことか、お前に分かるか!?」
テラは鋭い目線を俺に向けると、ずっと抱えていたのであろうストレスを吐き出した。
俺に言われても困るというか、裸に近い姿の方がよほど恥ずかしく思えるんだけど……。
サラマンダーといえば、火を纏ったトカゲ型の精霊だったはずだ。魔人には魔人のプライドがあるのだろう。
「とにかく、こいつは今すぐ殺す。それが嫌だってんなら、せめてここから追い出すぞ。人間と一緒にいるところを他の魔獣に見られたら、今度こそ私らの立場がなくなる」
「悪いけどそれは出来ない。俺も人間の側につけない事情があるんだ。いくらでも手伝うから、ここに住まわせてくれないか?」
「はぁ!? 何言ってんだおめぇ!?」
テラは俺を殺す気満々だったが、もちろんそう簡単に殺されるわけにはいかない。命乞いをするように、俺は頼み込んだ。
もちろん無茶なことを言っているのは分かっている。しかし隔絶の勇者と敵対してしまった以上、人間側につくのはリスキー過ぎるのだ。
「どう考えても人間側のスパイだろうが! 手伝うなんて信じられるわけねぇだろ!?」
「じゃあ、俺とギンで勇者を一人倒してみせるよ。そしたら信じてくれるか?」
「は……」
テラは気の抜けたような吐息を漏らしてから、口の端に嘲笑を浮かべた。トカゲの割に器用だな。
「なんだ? お前は凄腕の魔法使いか何かなのか? 強そうにはとても見えないけどな」
「む……」
痛いところを突かれた。確かに俺はこの世界に来たばかりで、魔法はおろか装備の一つも持っていない。無茶だと思われるのも仕方ないだろう。
しかし、俺はギンが隔絶の勇者を撃退したところを見ている。もし俺が彼女をサポートすることが出来れば、可能性はあると思えた。
「はっ、そんな無茶なことにギンを突き合わせられるか。ギンが連れ去られて、私がどれだけ心配したと思ってんだ! 私の心臓がもたんわ!」
「お前の問題かよ! 意外とかわいいこと言うな」
「なっ、馬鹿なこと言うな! ……とにかく! 冒険者の一人でも倒せれば認めてやるよ、どうせ無理だろうけどな」
テラは最後まで馬鹿にしたような表情で、俺に向かって言い放つ。冒険者というのは勇者より低位の敵のことだろう。条件が軽くなったので、俺はニヤリと笑みを返した。
保身しやすくなった喜びも勿論あるが、この少女を見返してやりたいという思いも湧いてきたのだ。上手く戦いさえすれば、ギンはもう心配される必要もなくなるだろう。
「それでも、やるよ」
「……分かった。今だけはギンに免じて、お前を生かしといてやる。他の魔獣にも説明しておくよ」
「助かる」
「でも、もし冒険者を撃退できなければその時は……」
「あぁ、煮るなり焼くなり好きにしてくれ」
俺が頷くと、テラは口の端から涎を垂らした。おっと、失敗したら食う気満々だな?
しかしこれ位のリスクはあって当然だ。俺は覚悟を固めた。
「よし、頑張ろうなギン。人間の戦い方を学べば、きっと君は強くなれる!」
叫びながら、ギンに向かって振り返る。一緒に意思を固め合おうとしたが、振り返った先には口から涎を垂らすギンの顔があった。
いやいや、君まで食欲刺激されてんなよ。