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騎士団

 エイナがウィントの体を道連れにしたのは、彼女の筋書きどおりなのだろう。今思えば、伝令係が武道家ギルドだった時点でもう少し警戒しておくべきだったのだ。


 だが、気が付いた時にはもう遅かった。これもエイナがタイミングまで計算していた結果だろうが、ウィントの死を知覚したときには、騎士団と二人の勇者は鉢合わせしていた。


 隔絶の勇者と、カウボーイハットの青年。彼らに知らせたという集合場所は、騎士団に知らされた集合場所と同じだったのだ。


「神速と轟雷が、死んだか……」


 武道家の伝令係が、エイナが残した殆ど予言のような伝令を青年に伝えた。


 今まさに起こったばかりの事を聞いた彼は、感情を窺わせない声で呟く。そして遠くを見つめるような目を、伝令役の武道家からカミルの体へと向けた。


「じゃあお前は、魔王か」

「魔王じゃない……はずだ。でも、それに似た者であるのは確からしいな」

「なんだそりゃ。曖昧だな」


 笑うでも怒るでもなく、青年は渋い声で突っ込む。


 それから視線を俺の背後に移し、騎士団副団長に尋ねた。


「おいジーク、お前はこれ知ってたのか?」

「い、いえ……。私は、何も……」


 振り向くと、彼は表情で信じられないと訴えながら、愕然と俺を見つめていた。慕っていた相手がいつの間にか消えていたという事実。それに気づけなかったという無力さも有るだろう。


 流石の俺も罪悪感に苛まれてしまうが、俺はもうその程度で曲がらない。ジークから目を逸らし、目の前の勇者達に言った。


「それくらい、お前らは俺の手の平の上だったってことだ。外から来た魔獣以外にも、街の中には戦力を忍ばせてある」

「嘘……じゃねぇみたいだな。まぁ嘘だとしても、俺らが絶体絶命なのは変わらないようだが」

「あぁ。そこで提案がある」


 弱音を吐いた青年に、俺はここぞとばかりに選択しを突き付けた。


「降伏するのが嫌なら……停戦協定を結ばないか? 俺は、魔獣達さえ平穏に暮らせればそれでいい。各ギルドを解散し、これ以上魔獣に手を出さないと誓うなら……俺達も手を引こう」


 カミルとウィントを仲間だと思っていた彼らにしてみれば、今日だけで仲間が三人減ったような感覚だろう。しかも実際には狂戦士代表のイアまでこちらの仲間についており、まず彼らに勝ち目はない。


 このタイミングで停戦協定という甘い提案を持ちかけられれば、食いつかない方がおかしい。俺はそう確信していた……が。


「停戦? 冗談だろ。俺達は勇者だ、魔王の言う事なんざ聞けるかよ」

「この期に及んでまだ権力を惜しがってるのか? 言っとくけど、この街が落とされれば権力も何もなくなるんだぞ?」


 カウボーイハットの青年が予想以上に聞き訳がなかったので、より冷静な隔絶の勇者に目を向ける。


 しかし……。あろうことか彼までも首を縦には振らなかった。


「ギルドを、解散させれば、人間に対抗手段、無くなる」

「っ! そんなもの必要ない! 最初から、ギン達は……魔獣達はただ生きたかっただけなんだ! お前らが攻めてさえこなければ、戦う必要なんて……」

「……。確かに、お前は本当に、そう思っているかもしれない。だが、これから先、お前の気が変わるかもしれぬ。お前以外の魔獣が、我々に牙をむくかもしれぬ」

「結局、相容れないんだよ俺達は。無理なんだ、最初から」


 青年にきっぱりと断言され、俺は息を詰まらせた。


 相容れない。その言い草は、この世界に来る前の、他人と関わろうとしなかった俺にそっくりだったからだ。


「確かに、分が悪い戦いになるだろう。だが、それでも俺らには抗う以外の道が残されてねぇ」

「魔王を滅ぼすことは、至難。だがせめて、虐殺の体は、潰させてもらう」


 そう言った隔絶の勇者の右手に、突如として柏で出来た長杖が現れた。


 やはり、こいつは魔術師か。そう頭では考えるが、武器の召喚までは読めなかったため反応が遅れる。俺は盾を前に寄せて身を守ろうとするが、高速で発動した魔法にギリギリで間に合わない!


「〈暴灼龍〉」


 やはり、戦うしかないのか。


 隔絶の勇者が魔法の名を口にすると同時、その杖から図太い熱戦が発せられた。その熱は周囲に伝わり、蜃気楼さえ生み出しながら一直線に飛んでくる。そして。


「どう……して」


 それは、誰の言葉だったか。ともかく今起きた出来事は、ここにいる全員に驚愕を与えた。


 誰も、下手をすれば本人でさえ予想していなかっただろう。隔絶の勇者の攻撃から、ジークが俺を庇ったのだ。


 彼は隔絶の勇者の魔法によって盾を溶かされ、その肩口を、右胸付近まで深々と抉られていた。


「私は……あなたをカミル様でないと、見抜けなかった」


 俺を庇った副団長は、言う。


「最初は少し変だと感じましたが……途中からは、変だとも感じなかった。騙すのが上手かっただけ、ではありません。あなたには……カミル様と同じ、守る、意思があった」


 全力で回復魔法をかけているが、喋るのが精いっぱいのようだ。彼は地面に膝をついて、言う。


「あなたの提案を聞いて、確信しました。カミル様は諦めたことも、あなたなら……」

「ジーク!」


 俺が名前を叫んだ時には、もう彼に、言葉は届いていなかった。


 それから彼が地に伏せるまで、誰も何も言わず、二人の勇者も攻撃して来ない。しばらくの沈黙を経て、青年が口火を切った。


「はっ、俺もな。そんな風に、慕われる勇者を目指してたんだよ」


 俺達の様子を見た青年が、自嘲するように笑う。


「でもよ。いざ勇者になってみると、周りが強すぎてな……。俺は権力を保つことでしか、自分を勇者だと言い張ることが出来なくなってた」


 ただの自分語り、という風でもない。彼は腰に差した曲刀に手をかけており、俺が一歩でも踏み込めば斬りつけられる体勢を保っている。

 自分の落ち度について喋ることで、戦意を高めようとしているのだろう。


「特に魔法を使う奴は気にくわなかった。何が魔術師だ、何が神官だ。そんなのあったら強いに決まってんだろ……ってな」


 こいつは魔法が使えないようだ。だが彼から発せられる気迫を見れば、その程度の情報で油断はできない。


「でも、そういうことじゃねぇよな。勇者の強さってのは、そういうことじゃねぇ。……見せてやるよ、偽物。なるべく力は借りたくなかったが……隔絶、協力してくれ」

「ああ、承知している」


 突然の要請に、隔絶の勇者が重々しく頷く。


「今度こそ名乗ろう。俺は……私は狩人代表、奔放の勇者テインだっ!」


 名乗りを上げ、今度こそ彼は曲刀を振りぬいた。そして躊躇なく……俺に向かって投げつける!


「嘘だろ……!?」


 全く予期していなかった攻撃をまたも防げず、その刀は吸い込まれるように俺の顔面へ飛んできた。自分を本物の勇者だなんて言っておいて、初撃が奇襲とかセコすぎるだろ!


 怯んでる間に接近されることを予期し、顔に傷跡を作りながら今度こそ俺は盾を一気に前へと寄せる。しかしその盾の陰に隠れるようにして移動していたようで、二人の勇者はいつの間にか目の前からいなくなっていた。


「どこに行ったんだ……?」


 慌てて周囲を見回すが、姿は一向に見えない。


 逃げたのか? そんな期待も一瞬浮かんだが、そう簡単にギンとの合流を許してくれるはずもなかった。


「危ないっ!」


 俺の後ろにいたカミルの部下が叫び、動く。振り返ると、部下の一人がは上方から俺を狙っていた矢を防いでくれていた。


 見上げると、俺達を囲うように建っている家屋群の屋根にテインが立っていた。屋根まで一瞬で移動できるわけがないので、隔絶の勇者に領域属性の魔法で連れて行ってもらったのだろう。

 瞬間移動系の魔法は、魔力をかなり消費する。しかもテインを一緒に連れて行ったとなれば、人間の魔力量では一回が限度のはずだ。


「それともまさか、魔力が無尽蔵とか言わないよな……?」


 勇者ならそれ位のことはしそうだが、そこまでの力があれば単騎でも魔獣を倒せたはずだ。だとすれば、もう転移はしないと見て良いだろう。


 次に至近距離まで近づいた時が、こちらの勝機だ。そこまで確認すると、テインはこれ以上矢を放っても意味がないことを悟ったのか家屋の奥へと飛び降りる。


 一時的にでも危機が去ったのを見届けてから、俺は部下達に、どうして助けてくれたんだと目線で問いかけた。


「あなたはカミル様と同じくらい危なっかしいですからね」

「周りの人を、ずっと信じてきた証拠です。カミル様の期待には、民衆は応えることが出来ませんでしたが……」


 俺を見つめながら、部下の一人は言う。


「カミル様は、ずっと人のためを思って戦ってきました。しかし権力しか求めない騎士や、騎士団に守られながら堕落していく民衆を見ている内に、ク……変わられてしまったのです」


 今、クズになったって言おうとしなかったか……?


 やはりジークの言った通り、カミルには元々彼なりの正義があったのだろう。だがその期待を踏みにじられて、やがてあそこまで歪んでしまったようだ。

 魔獣と戦う時に新米の騎士ばかり連れていたのは、古参の騎士しか信頼していなかったということか。


「あなたを助けるのは、正直複雑な気分です。カミル様の仇でもありますし、隔絶の勇者様達が正しいという気も、しています」

「でも……。あなたならカミル様でも出来なかった事が出来るような気もするのです。誰も信じられなくなったカミル様には、出来なかった事が」


 最後まで残った古参の騎士達が、俺への……いや、騎士団長への信頼を口にする。それはある意味、カミルを助けられなかったという後悔を、俺を助けることで補おうとしているとも言えた。


 これまでも、俺はカミルの部下を殺してきた。ギン達を守るために必要だったから、後悔はない。

 だが、出来ることなら。人と関わる大切さを知った今なら、なるべく助けたいと思える。


 俺は決心して、部下達に指示を与えた。騎士団代表、虐殺の勇者として。


「領域属性と振動属性、そして火炎属性。相手の魔法属性は全て把握したんだ、それらの魔法に警戒していれば恐れるに足らない! 一気に駆け抜けるぞ!」

「応!!!」


 俺の鼓舞に、騎士団が大声で応える。俺達を囲う家屋群から脱し、その外側を回って奔放の勇者が降りた地点へと続く小路に入った。二人の勇者は予想を裏切らずその奥に立っていて、後は一直線の道を突き進むだけだ。


 遠距離攻撃してくる相手を考えれば一本道は不利な立地だが、騎士団の防御力を以てすればかなりの間耐えることが出来る。いち早く近づこうと、俺達は全速力でこの道を駆け抜けた。


 しかし、彼らは接近すら容易には許さなかった。


「な、なんだ!?」


 突然ブレた視界と体を襲った衝撃に、思わず声を上げる。


 自分に何が起こったか把握に努めようとしたが、状況把握すら許されず正面で爆発が起こった。真正面から発生した爆発によって、カミル本体がダメージを負う。


 カミルは攻撃された瞬間に〈被害集約〉を使わなければいけないため、こちらの知覚しづらい奇襲を繰り出してくる奔放の勇者は非常に不利だ。

 危機感を感じて逃げようとするが、意思に反して体は動かない。もがいている内に、爆炎の中でようやく自分の身に何が起こっているのか気が付いた。


「なんで気づかなかったんだ、俺は……落とし穴に嵌っていたんだ!」


 腰から下が、全て地面の下に埋まっている。しかし何故か地中の質感を殆ど感じず、しかも絶妙なタイミングの爆発に状況把握を遮られたためなかなか気づくことが出来なかった。


「はんっ。落とし穴を仕掛けるだけなら三流。穴の位置を気づかせないで二流。そして、落ちたことにも気づかせないのが一流さ。魔法はないが、その分相手を罠にハメる技術だけは磨き続けてきた」


 さも嬉しそうに語ってから、言いたくなさそうにボソリと呟く。


「ま、流石に街中で落とし穴を掘るのは、隔絶にも手伝ってもらったが」


 これも二人のコンビネーション技というわけか……。


 それにしても、相手を落とし穴にハメたところに時限式の爆弾で追撃するって……。


「狩人代表って、そっちの狩人かよ!」


 そっちのハンターなのかよ、と俺は盛大に突っ込む。なんか見たことある戦い方だと思ったら、某有名ゲームじゃねぇか!!!


 だが、隔絶の勇者の高火力と合わされば油断は出来なかった。

 隔絶の勇者がまたも熱線を放ってきて、被弾を防ぐために盾を全て前に寄せる。そこにすかさずテインが矢を放ち、弧を書くように上方から俺を襲ってくる。


 個人主義だったとは思えない程の、圧倒的なコンビネーション。一人で前線に立っている俺は、既に押され始めていた。

 このままでは、隔絶の勇者に近づくことすら出来ない……。


「魔王、遠慮せず私達をお使いください」


 俺の苦戦を察した部下達が、テインの攻撃を防ぎながら叫ぶ。


 彼らが言っているのは、〈被害集約〉で彼らを肉の盾として使うということだ。しかしそれをすれば、自ら人間との共存は不可能だと言っているようにも見えてしまう。


 俺は迷った末……頷いた。

 このままでは、ジークの死を無駄にすることになる。


「分かった……。俺は、俺の理想を押し通す」


 次々と迫りくる攻撃をなるべく防ぐが、防げなかった攻撃は全て部下を襲う。


 この世界に来たばかりの頃はなんとも思わなかった彼らの死も、今では自分のことのように感じる。どう考えても以前の方が、俺はカミルの体を使いこなせていた。


 じゃあ、間違いなのだろうか? 矢を弾きながら、ふと思う。

 下手に相手と関わって、結果は変わらないのに心を痛めて。やはり俺は、弱くなっただけなのか? ギンの足を引っ張るだけなのだろうか。


「そんなはずは……ない! ずっと相手から距離をとってたら、何も変わらないだろ!?」


 誰かと関われば、傷つけ合うことになる。そんなの当たり前だ。

 勇者と戦う度に傷つけ合って……だけどその分、俺は彼らの強さを知った。


 俺はギン達を守るためなら、何でもするつもりだ。でもきっと、彼女達と人が分かり合える未来だってあるはずなんだ。

 傷つけ合った、その先に……。この先に、きっと……。


「喰らえぇぇぇぇぇ!!!」


 ようやく至近距離まで近づいて、俺は自分の剣で、テインの胸を刺し貫いた。もっと、良い出会い方もあったはずなのに。俺は彼の胸から流れる血を見ながら、悲痛に顔を歪める。


 まだ、戦わなきゃいけないのか? これだけしても、まだ分かり合う気になってくれないのか。

 俺は表情が強張るのを堪えられなかったが、胸を刺し貫かれたテインは、勝利を確信したかのように笑っていた。


「何を……笑っている?」


 俺が尋ねると、テインは血が垂れた口で言った。


「時間を稼げたなら、それで良かったのさ」


 その言葉が聞こえた瞬間、小路の奥にいた隔絶の勇者が、一つの魔法を発動させた。


「〈絶境〉」


 そう口にして杖で地面を横になぞると、地面に焼け跡のような線が引かれた。


 その様子を見て、地面に横たわったテインが笑う。どうやら彼は、隔絶の勇者があの魔法を準備するための時間稼ぎに命を懸けていたらしい。


「良かった……。弱くても、俺には……俺の、出来る、事……が」


 口の中で呟き、テインが目を瞑って息を引き取る。魔法を使えない勇者でも、魔法を使える勇者を補佐するという意味ではこれ以上なく役立っていた。

 そこまで出来るのに、俺達は分かり合えないのか……。俺は顔を歪めながら、隔絶の勇者を見遣る。


 〈絶境〉という魔法が、どんな効果なのかは分からない。しかし彼が命をかけてまで用意した魔法だから、生半可な魔法でないのは確かだ。

 俺はその線を警戒して、ひとまず傷ついた盾の一つだけを隔絶の勇者の元に向かわせる。すると……〈暴灼龍〉さえ防いだ盾が、隔絶の勇者が引いた線を越えた瞬間にあっけなく燃え尽きた。


「〈絶境〉……。その名の通り、侵入者を絶つ境界線、か」

「その、通りだ。魔法以外の全ては、この線を越えられぬ」


 言って、隔絶の勇者が〈暴灼龍〉を放つ。辛うじて盾で防ぐが、一撃の威力だけで盾にひびが入った。


 あの境界線がある限り近づくことは出来ず、退いても遠距離攻撃の餌食になるだけだ。攻撃魔法を有さない騎士団は隔絶の勇者を攻撃できないというのに、あちらからは一方的に攻撃できる状況。


 隔絶の勇者。最強の遠距離火力と防御力を誇る彼は今、その名の通りあらゆる脅威から隔絶されているのだ。

ジーク死ぬとこ短っ。と思った方。私も思いました。

でもこれだけ切りつめても、6800字なのよね……(二章とのバランスが悪すぎる)。


言い訳させてもらいますと、何か失敗してるとかじゃないんですよ。最終章は明かされることや最後に向けて書かなきゃいけない事が多すぎるので、中途半端に切っちゃうとマジで盛り上がりが全くない回になってしまうのです……。

あ、全てのシーンを盛り上げられない私の実力不足ですね申し訳ありませんでしたー!!!


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