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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

山の上公園のうわさ 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と、内容についての記録の一編。


あなたもともに、この場に居合わせて、耳を傾けているかのように読んでいただければ、幸いである。

 あなたが昔、遊んでいた場所は今でも変わりないですか? よく知っていた風景のはずなのに、いつの間にか新しい建物が建ったり、元あったものに取って代わったりして、もう昔の景色は写真や映像の中にしか残っていない……そんな覚えは?

 私の地元もだいぶ姿を変えてしまいましたが、何年も残り続けた場所もありました。

 心霊スポットのひとつとして。

 気味の悪いうわさによって足が遠のくというのは、環境保全の面においてとっても有効ではありますが、そこに一体、何が隠されているかという関心を抱かせる諸刃の剣のようにも私は思うのです。

 長く残り続けるには、愛され続けるべきなのか。敬遠され続けるべきなのか。ちょっとその事について疑問に思ってしまった、ある出来事について、聞いてみませんか?


 私がまだ四つか五つくらいの時、近くの山の上に大きな公園ができました。近くといっても、目におさめることができる距離という意味です。実際には市をまたいで、奥まったところにあり、車に何十分も揺られることで、ようやくたどり着くような場所。

 とっても長いすべり台がありまして、お尻にビート板を敷きながら、長く蛇行した道を滑り降りるんです。他にもジャングルジムやロープ登りなど、大人から子供まで、みんなが楽しめるアスレチックがいくつも用意されていましたね。

 私の家は山のふもとにあったのですが、そこからでも公園の姿は確認できました。

 小さい頃は、とても不思議に思ってしまいました。こうして遠くから眺める限り、風景というものは、文字通り一枚の絵のように感じられたのです。見ることはできても触れることはできない、どこか遠くの世界のごとく。

 それが実際に、手で触れられる場所までたどり着けてしまうと、何とも不思議な気分になったものです。

 家から公園を探すのは簡単でしたが、逆に公園から家を探すのには非常に苦労しました。探す対象の大きさが違うのですから当然といえば当然ですが、やはりここは別の世界なのだろうか、と子供心に思いました。

 そして実際に、そう感じさせる出来事があったんです。


 公園ができて、十数年の時が経ち、私が大学生になってしばらく経った後。かの山の上公園はすっかり客足が遠のいていました。というのも近年、こんなうわさが立ったからです。

 あの公園に植えてある草花は、実は人々にとってひどい害悪をもたらすもの。元気を奪う食人植物で、いずれ訪れた人々を一飲みにするために、準備をしているのだと。


 この噂が流れる少し前から、かの山の上公園から帰ってきた一部の人が、身体のだるさを訴えるケースが増えていたようです。元々、アスレチックを楽しめるような公園なのだから、疲れが出てしまうのもおかしくありません。

 ただ、その帰りに事故ってしまった車がありまして、先ほどのような荒唐無稽な噂話に、信ぴょう性が付け加えられたんですね。

 表向き、その公園に訪れる人の数は少なくなってしまったように思います。実際にアンケートを取ったわけでもなく、ただ噂に上る頻度が少なくなってしまったから、という思い込みにも近い、不確かなものです。

 当時の私は暇を持て余していましたし、何か話のネタになるんじゃないかと、ひとり車を走らせて、かの公園に向かったんですね。


 明るい内に帰れるようにと、休みの昼頃にやってきたのですけど、なるほど確かに閑散としています。

 各アスレチック器具に、何名かの子供の姿が見えるばかりで、一時期の賑わいは、記憶のかなたに追いやられてしまっています。

 それとなく周りを見回しましたが、親御さんらしき人は見当たりません。しかし、子供たちは見た目ざっと10歳前後。近所に住んでいる子ならば、親の手をわずらわせるものでもないでしょう。

 私は遊び回る子供たちを横目に、耳にした草花のうわさを確かめることにしました。この公園には、外側の縁に沿ってレンガ組みの花壇があり、色とりどりの花が咲いていましたが、それも昔の話。

 茶色い土の肌をさらすそこには、命の息吹が感じられません。しかしその表面をなでてみると、確かな湿り気を帯びているのがわかりました。

 この辺りには、ここしばらく雨が降っていなかったはず。誰かが水をあげているのではないか、と思いました。


 腰をあげて、アスレチック側を振り返ったとたん、私は鳥肌が立ちます。

 先程まで、思い思いに遊んでいたかと感じていた子供たち。その眼差しが、私に向かって集まっていたのです。本当にわずかな間でしたけれど。

 教室とか電車の中とかでありません? ふとそちらに目をやると、視界の中の誰かが不自然にさっと顔をそむける瞬間。「あ、あの人、こちらを見ていたな」と察する、あの時です。

 それを数十の瞳が、ほんの一瞬だけ。私へと視線を向けて、件の空間を形作ったのです。

 ぶるりと身体が震えました。すでに彼らの中に、こちらへ顔を向けている子は、いません。またそれぞれの遊びに戻っています。

 これ以上、近づいたらいけない気がする。私は車へ取って返します。けれども、乗り込もうとして、私はまた信じがたいものを目にしました。


 タイヤに木の根っこが絡まっているのです。何本も何本も生えて、タイヤ全体を包み込むさまは、まるで大きな手のひらがタイヤをわしづかみにしているように見えました。

 根はそれなりに太く、手で引きちぎろうとしましたが、びくともしません。あいにく、刃物も持ち合わせていませんでした。

 まだ日は高いと思っていたのに、空はぐんぐん陰り、暗くなっていきます。この場にとどまってはいけない。私の中で、不安ばかりが広がっていきます。

 アクセルを踏んで、力づくで引きはがそう。そう思い立ちました。エンジンをふかし、少しずつアクセルペダルを踏んでいく私。音と共に、回転数を表わすタコメーターがじわじわ上がっていきます。

 一気にあげるような真似はしません。もしも上げ切ったところで拘束を解き放たれれば、この鉄の塊は急発進。前方にあるアスレチック群に体当たりをかまして、車内にいる私へ致命傷を見舞うことが考えられました。

 あせるな……あせるな……と私は耳いっぱいに響くエンジン音を聞きながら、タコメーターに釘付けになっていました。

 

 ふと、アクセルを踏むのとは逆側の足に痛みが走り、私は顔をしかめてしまいます。奥歯をかみしめながら、ちらりと視線だけを落とすと、すねの側面のジーンズが破けていました。  

 それだけでなく、車のタイヤをつかんでいるのと、おそらくは同じ種類の根っこが、さらけ出された皮膚に刺さっていたのです。はっきりとは見ませんでしたが、閉じ切っていたはずのドアがわずかに開いていたように思えました。

 もうエンジンどころじゃありません。悲鳴をあげながら、車外にまろび出ましたよ。その拍子に根っこは外れて、タイヤの脇にぺしゃんと横たわります。その先っぽ数ミリが私の血でぬれ、根の中身は空っぽ。飲みかけのジュースのストローのように、その口の周りにも、赤いものがねばつきながら、くっついているのが見えました。


「ご協力ありがとう。助かったよ」


 すぐ後ろから声がして、ぎょっとしました。振り返ると、あのアスレチックで遊んでいた子供たち。そのうちの男の子の一人です。

 トラのように黒と黄色の縞模様のシャツと、青いハーフパンツを履いていましたが、顔は十人並みと、目立った印象のない子でした。


「間に合った。おかげさんでどうにかなりそうだよ」


 空を見上げる彼。私もつられて、頭の上を見やります。

 

 視界の左端から、長いツタが空に向かって伸びていました。先ほどまでは、そんなものがある気配など感じず、ふいに現れたとしか言えません。何本もよじり合わされて、その太さはまるで大樹のごとくです。

「ミキ……メキ……」と、時折、木材を無理やり追っているような音も聞こえ、そのたびに幹全体もかすかに揺れます。伸び続けている、と直感しましたね。

 すでに空の原では、濃淡に富んだ、様々な雲が闊歩しています。その中でも特に濃い黒色をした、足の早い雲が、ツタの真上に差し掛かった時。

 釣り鐘とシンバルを同時に鳴らしたかのような、身体全体がしびれるような震えが、空気を走りました。鼓膜が無軌道に揺さぶられ、思わず私は耳をふさいでしまいます。

 まぶたも開けていられません。眼球全体が揺れて揺れて、目の前が定まらない。身体の揺れも相まって、開いていたら、えずいてしまいそうだったのです。


 振動がおさまったかと思うと、遅れて「びちゃり」と音を立てて、身体に何かが降り注ぐ感覚。続いて、鼻をつく雑多な臭いに私は目を開きました。

 体中がぬめっています。そこからはこねて形を整える時のような、ひき肉の臭いがしてきました。車も、周りの地面も同じような状態です。

 すでに空に雲はなく、来た時と同じような青空が広がっていました。あの異様な風体のツタも、消えてしまっています。アスレチックで遊んでいた子たちも、タイヤに絡んでいたはずの根っこも、今は影も形もありません。

 ただ、あの時根っこに刺された部分の、私のジーンズは破れたままでした。その下の皮膚には何の変哲もなかったのですが、あれはきっと実際に起きたことだったのでしょう。


 無事に帰りついた私は、ひとりじっくりとあの体験を考えていました。

 あの山の上公園のうわさ。今となっては誰が言い出したのか、はっきりとは分かりません。しかしもしかすると、ツタに追い払われたであろう、あの雲らしきものを求めていた存在の手によるものではないか、と考えています。

 同時に、もしかしたらあのツタというのは、みんなの力を借りて、得体のしれない何かに対抗するために存在するんじゃないだろうかとも、振り返る今だからこそ、思うことがありますね。

 あれから公園には行っておらず、遊んでいた子供たちの姿も見かけることはありません。

 


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