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今様コロボックル

矢じるしの先っぽの…。

作者: 上月志希

先日、亡くなった佐藤さとるさんへのオマージュとして。

この方の作品が、私にとってのファンタジーへの入り口でした。

私にとっては、初の作品でもあります。最初で最後になるかどうかはわかりませんが。

 そろそろ夏の気配を感じ始める季節、私はショッピングモールに向かう住宅街を歩いていた。


 平日の昼前のせいか、周りに人の気配は無い。シフト制の職場で働く私にとっては休日なのだが。こういう日はショッピングモールも混雑しておらず、人ごみの苦手な身にはありがたい。そこそこ暑くなるであろう午後もモールでのんびりすることにして、ランチは何を食べようかと、心の中で算段していた。


 その時、頭の上の方で鋭い鳥の声が響く。1羽ではなく、2羽か3羽か。


 日射しを我慢しつつ見上げてみると、ヒヨドリが何かを狙っている様子だが、小さくてわからない。そんな小さいものを複数で狙うなんて…とも思ったが、意外と攻撃的なところがあるし、と思い直す。


 狙われている何かは気の毒だが、自然の営みだから仕方ない。視線を前方に戻して歩き始めると、小さな青っぽい影のようなものが肩をかすめて飛んだ。


 思わず首をすくめてしまったが、色合いがハチの類ではなさそうだし、動きの素早い青っぽい虫って、何かいたっけ?

 ふと、そんなことを考えつつ前を見ると、目線の少し先に小さな青い点がある。力尽きて落ちてしまったということかと、ゆっくり近づいてみた。


「……え?」


 小さな羽のようなものを着けた……人形?

 途端に一気に血が逆流するような気がして、心臓がバクバクと激しく動き出す。いやいやいや、まさか。違う。あれは物語。ファンタジー。子どもの頃、ホントだったらと空想を巡らせてドキドキしていたけれど、現実じゃない。


 じゃあ、今、目の前にある……じゃない、居るのは。

「……コロボックル?」

 その瞬間、『星から落ちた小さな人』の空飛ぶ器械のことを思い出し、とにかく生きているかどうかで頭の中がいっぱいになった。でも、目の前の小さな人は身じろぎもしない。


 気がつけば、そばにしゃがみ込み、震える指先でそっと頭の近くに触れてみる。小さすぎて脈なんて取れないけど、生きていればきっと温かいはず。

 とはいえ、動悸は止まらないし、冷や汗まで出てきそうな状態では温かいかどうかなんてわかるはずもなく。でも、少なくとも硬いアスファルトの道路の上に倒れたままは良くないと気づき、ハンカチを取り出して四つ折りにし、小さな人のそばに置くと、両手の指先でこれ以上は無理というぐらい、そっと抱えてハンカチの上に移す。


 そして、ハンカチごとそっと持ち上げ、手の上に乗せると、顔を近づけて生きている証を探る。息を殺して、じっと見ていると胸が上下しているのがわかった。それに、どんなにホッとしたことか。ずっとしゃがみ続けて、そろそろ足が痛くなっているのにも、初めて気づいた。


 が、問題はこれからだ。

 生きてはいるが、けがをしているかどうかはわからない。でも、無傷とはいかないだろう。かといって、私には手当ても治療もできない。意識不明では意思の疎通も無理だ。そもそも、意識は戻るんだろうか。

 怖い。私には何もできない。仲間のところに戻すには、どうすればいいんだろう。


 空を飛んでいた理由はわからない。そういう仕事か、それとも訓練とか。帰ってこなければ捜索隊が出されるだろう。でも、飛ぶコースは決まっているんだろうか。ヒヨドリに襲われたことでコースを離れたりしていないだろうか。


 私の家に連れて行くのは、逆に捜索を困難にすることは予測できるので、絶対に不可。この近辺で、人間に見つかったり、野良猫なんかに襲われたりしないような場所。地上から30センチぐらいなら人間の目線を外すのは難しくないと思うが、肉食の生物から守るにはどうすればいいだろう。


 興奮状態のせいか、怒涛のような思考の流れに翻弄されたのか、立ち上がろうとしたらふらつきかけた。手の上の人を思い、足を踏ん張って事なきを得たが、いつまでも道の真ん中につっ立っていても、何の解決にもならない。落ち着いて、考えなければ。

 多分、捜索が始まるまでには、多少の時間の余裕はあるはず。小さい人を見られてはいけないが、私自身も冷静になる必要がある。まずは、徒歩であと5分ほどのショッピングモールに向かおう。


     ◇


 ショッピングモールは、既に冷房が効いているようで涼しかった。

 そして、目指すはフードコート。座る場所を選べば、人の目につきにくい。後ろが壁になっている隅っこの席が理想的。

 行ってみたら、さほど混雑も無く、望んだとおりの席を確保できた。ハンカチに乗せた小さい人は、まだ意識が無い。そういうフリをしているのでなければ。


 私は財布とスカーフを取り出してからテーブルにバッグを置き、更にスカーフをバッグにかけて小さい人を隠してからカフェに向かう。私が戻るまでに姿を消していたら、それだけ元気があったということで、喜ばなくてはいけないだろう。


 でも、もしかしたら、逃げないで居てくれるかも。だったら、食べ物もあって良いんじゃないか。スコーンやクッキーなら、かけらを分けられる。飲み物は……コップ代わりになるものが難しい。どうしよう。


 取り敢えず、あまり食欲は感じないが、のどは乾いている。緊張もあるのだろう。アイスのカフェオレとスコーンを頼み、普通の水も確保して席に戻った。


 掛けていたスカーフを外すと、小さい人は、動いた様子もなくハンカチの上に居た。大丈夫だろうかと、また不安がこみ上げる。思わず、アイスカフェオレのカップを抱えて冷たくなった指先を、そっと頬の辺りに当ててしまった。

 すると、冷たさに反応するように小さい人が身じろぎをした。ハッとして、もう一度、触れながら、吐く息だけで「大丈夫?」と問い掛ける。そうすると、何度か頭を振るようなしぐさをして、目が開き始めた。


     ◇


 目が開いたものの、少しの間ぼんやりしていたようだが、また吐く息だけで「気がついて良かった」と言うと、上半身を起こし、今度こそハッキリと私の方を見た。結構、若い人だ。ついでに言えば、イケメン。きりりとした顔立ち。

 敵意も害意もないことを示したくて笑おうとしたが、多分、かなり引きつった顔になっていたと思う。でも、わかってくれたようだ。小さくうなずいてくれた。


 その様子にホッとして、小声で「説明しますね」とつぶやいてから、携帯電話を取り出し、耳に当てる。ブツブツと独り言を言っていると思われないように。

「えと……本は、全部読んでます」

 まず、それを伝える。そう言えば、わかってもらえると思ったし、実際、一瞬、目を見開いた後、今度はハッキリとうなずいてくれた。


「今、居るのはショッピングモールのフードコートです。あなたが落ちてきたのに気づいて、意識も無かったし、そのままにはできないと思ったので連れてきました。驚かせてしまったと思います、ごめんなさい」

 そう言って頭を少し下げると、その人は首を振り、「ありがとう」と言ってくれた。その言葉に勇気をもらい、言葉を続ける。

「体は大丈夫ですか? 動けますか?」


 その質問に、自分の体を見下ろして足を動かす。その途端、少しだけ顔を歪めた。足を傷めているらしい。折れてはいないようだが、素早く動くのは無理なんだろう。

「じゃあ、戻れるところまで送ります。お迎えが来てくれるような場所、ありますよね」

 そう言うと、びっくりした顔をして、私を見上げた。びっくりし過ぎて、そのまま固まっているようなので、敢えてへらっと笑ってみる。うん、私もだいぶ落ち着いたぞ。


     ◇


 我ながら、よく落ち着きを取り戻せたなと思う。もっとも、受け容れざるを得ない事実が厳然としてある以上、いつまでもパニくってるわけにもいかないし……と、その辺は多少、図太い自信があるかも。

 それと、もう一つ、理由があった。

 私が、この町…正確には、この町の隣のさらに小さい町に来たのは、小学校5年の時。父の転勤によるものだった。


 その頃、その小さな町は今よりも人が少ないというか、自然が多いというか、海も山も近く、探検し甲斐のあるところだなぁという印象で、引っ越し早々、あちこちをウロウロするのが面白かったのだ。まだ、親しい友人というのは居なかったのと、もともと女の子に多い、“いつでもいっしょ”な仲良しグループそのものを、ちょっと苦手としていたこともあり、探検はもっぱら一人。つまり、案内してくれる人も無く、気の向くままにウロウロしていた。


 その気ままなうろつきを楽しんでいた時に出会った家が、『だれも知らない小さな国』を思い出させるもので、子ども心にワクワクしたのだ。シリーズを一通り読み通して、かなりハマっていたというのも、想像力を刺激したと思う。


 もしかしたら、物語の舞台って、こんなところだったのかもしれない。


 それは、当時の私には心の踊る出来事で、その日は家に帰ってから、母にはしゃいで話した覚えがある。

 とはいえ、後日、探検中に思いの外、遠くまで足を延ばしてしまい、あわや捜索騒ぎになりかけるというミスを犯してしまい、がっつりと説教を喰らった上に探検禁止令が出てしまったのと、学校生活に慣れて、それなりに忙しくなっていったこともあり、あの家をもう一度、訪れることはできないまま、時間が過ぎてしまった。


 そして、高校生の頃に隣町に引っ越し、更に社会人になったら一応、独り立ちということで親元から離れて一人暮らしを始めた頃には、あの家のことを思い出すことも、ほとんど無くなっていた。

 そう、ホントに忘れていたのだ。小さい人が、空から落ちてくるまで。


     ◇


「何かお腹に入れます? 一応、お水とカフェオレとスコーンがありますけど」

 目の前で、今は体を起こし、座っている人に、ごくごく小さい声で話しかける。

「コップの代わりが無いんですけど……」

 と、その時、思いついたのがリップクリームのふた。縦横1センチぐらいなので、何とか抱えられるんじゃないか? でも、洗ってこなきゃ。


 「ちょっと待って」と、急いで化粧ポーチを取り出し、フードコートの隅にある水道に向かう。そして、リップクリームのふたを消毒液と流水でしっかり洗い、ペーパーナプキンで水分を拭き取る。席に戻ると、小さい人は羽(本では「オーソニプター」と呼んでいたっけ)を外し、本の通りならアマガエルでできているのであろう飛行服の上半身は脱いでいた。


「これなら、持てます?」

 ふたを目の前に置くと、笑ってぺこりと頭を下げてくれた。

「じゃ、カフェオレとスコーンで」

 カフェオレとスコーンを分け合って……というより、98%は私が食べたんじゃないかと思うが、とにかく腹ごしらえを終える頃には、小さい人も落ち着いたようだった。


 といっても、足を傷めているので、自分の足で走って帰るというわけにはいかない。さっき申し出たように、私がお迎えの来てくれそうなところまで運ぶ。

 肩に乗れば、耳元で案内してもらえる。普段なら絶対にやらないが、電話で話すフリをしながら歩くのが、今日のところは正解だろう。肩の上に居ても、手で隠しやすいというメリットもある。


 ただ肩に乗るよりも座り心地が良いように、スカーフを首に巻き、ひだのところに座ってもらう。乗り心地を聞くと、気遣ってくれているのか「上々」と返ってきた。ホントかな?と思ったが、適当に自分で調整してもらえば良いかと思い直す。オーソニプターは、足の駆動部分が少し歪んでいるだけだし、背負えば良いので問題ないとのこと。良かった。

 体勢が整ったら、何はともあれ、出発である。


 やはりというか、隣の町の方へと向かう。でも、そこは追及をしない。味方ではない私が確認してはいけないことだ。言われるままに歩き、言われたところに彼を下ろせば良い。

 そして、隣の町との境界まであと少しという辺りで、下ろしてほしいと言われた。

「仰せのままに」

 わざと大袈裟な言葉を使う。下ろすのに手のひらに乗った彼と目が合うと、二人してちょっと笑ってしまった。


 言われるまま、道の真ん中ではなく物陰の方に下ろした。右足をかばうようにして立っている小さい人は、私を見上げ、「いろいろありがとう」と言った。

 私はにっこり笑って「どういたしまして」と答え、「気をつけてね」と付け加えると、立ち上がって踵を返した。そばに居るかもしれない人たちが、気兼ねなく近づけるように。


   ◇


 あれから3カ月が過ぎた。残暑が居座っているものの、暑さは峠を越えた。私自身は何事もなく、仕事漬けの日々を過ごしている。それこそ、あの出会いは夢だったのではないかと思うほど。

 誰にも言えない、ただ私一人の奇跡のような宝物の時間。仕事に忙殺されていても、心の奥で光を放つ思い出で、思い出す度に幸せが溢れてくるような気持ちになれた。


 そんなある日。

 私は、また平日休みの午前中という時間帯に、これまたショッピングモールに向かっていた。給料日の直後で、いろいろ買い出しをするつもりである。そして、辺りは相変わらずというか、人通りは無い。

 「それにしても、あっついなー」と、独り言が出てしまう。

 今日は、ことさら残暑がキツイ。日傘で日射しを防ぎながら、ぽてぽて歩く。暑いのは避けたいが、急いで歩くと汗になりそうで。

 そして、あの日に小さい人を見つけた辺りに行き当たった。


「やあ、久しぶり」

 突然、耳元で聞こえた声に棒立ちになる。忘れたようで、忘れていない声。でも、ずっと元気そうに聞こえる声。そう気づくと、ほっと肩から力が抜け、自然に笑顔になることができた。


「元気そうな声で良かった」

「あの時は、ありがとう」

「どういたしまして」

 肩の上の人と話しながら、また歩き始める。とはいえ、このままショッピングモールに行くのも、買い物に付き合わせるのも得策とは言えず、第一、申し訳ない。買い物を済ませてから待ち合わせるか、日を改めるかという話をして、買い物の後に待ち合わせることに。そして、ゆっくり話すとしたら、やはり私の家だろうということになった。


「それじゃあ、後で」という言葉を残し、黒い影がすごいスピードで肩から飛んでいった。本に書かれていた素早さが、実感として理解できた。さて、それならば買い出しをさっさと済ませて、家に戻ろう。


       ◇


 普段ならば、ウインドウショッピングやランチも…と、のんびりしてしまうが、今日は必需品のみ購入して終了。荷物を抱えて、家に向かって歩いていたら、小さい人が再び、肩の上に現れた。あの人たちならば、私の家ぐらい調べてあるのだろうが、待っていてくれたようだ。


 家に戻り、買ったものを片付けて、飲み物を準備する。そして、食器棚の隅に置いてあった小箱を取り出す。

 中には、ミニチュアの食器。小さい人にも使えそうなサイズ。


 実は、3カ月前に彼と会った後、味方でもトモダチでもないのだから、2度と会うことはないと自分に言い聞かせていたのに、ふと立ち寄った店に置いてあるのを見たら、衝動的に買ってしまったのだ。

「べ、別に、使ってもらおうなんて思ってないんだからね!」と一人ツンデレというか、買った後に我に返って焦ったのは、私だけの秘密である。


 しかし、まさか、そのミニチュア食器が日の目を見るとは。グラスタイプのコップ(プラスチックだが)を箱から取り出して、丁寧に洗い、丁寧に拭く。そして、スポイトを使ってクランベリーのジュースを注ぐ。先程の買い出しで買ってきて、まだ冷たい。自分のグラスにも注いで、テーブルの上に置いた。


「良かったら、どうぞ」

 私の呼ぶ声にテーブルの上に飛び上がってきた小さい人が、びっくりしたようにコップを眺めている。

「やっぱり、ちょっと大きくて持ちにくい……よね」

 つい、ため息をついてしまうと、慌てたように「コップがあるとは思わなかっただけだから」と、両手で抱えて一口飲み、「美味いよ」と笑ってくれた。

 気を遣わせてしまった……。


 が、彼曰く、人間が趣味のためにミニチュアの食器を作っていることは知っていたが、実物を見たのは初めてなので驚いたのだそうだ。取り敢えず、私がなぜ持っているかを聞かれなくて良かった。


     ◇


 私は椅子に、彼はテーブルの上の私の正面に胡坐をかいて座った。そして、お互い、のどを潤して落ち着いたところで、彼が改まった態度で頭を下げた。

「ぼくはヒノキノヒコ=トンビ。この前は、助けてくれてありがとう」

「私は、高矢美月です。わざわざお礼に来てもらって恐縮です。でも……どうして?」


 私は、味方どころかトモダチですらない。実際、名乗ったのも今だ。前回、言われるまま送っていき、何も聞かずに去ったのは、そういう立場ではないというスタンスから。少なくとも、コロボックルたちに対しては、「自分からは踏み込まない」姿勢が正しいと思っていた。いや、今もそう信じている。にもかかわらず、向こうから会いに来てくれた。


「もちろん、お礼を言いに。それと、トモダチになれないかと思って」

「……」 驚きで言葉が出ない私に、トンビがニコリと笑って続けた。

「君は信頼できる人間だと認められたってこと」


 けがを治すだけじゃなく、いろいろ調べていたから時間が掛かったが、ようやく会うOKが出たんだそうだ。調べられていたことには全然、気づかなかったが、人間の場合はプライバシーの侵害とかストーカー行為であっても、コロボックルにとっては死活問題にもなり得ると理解しているので、調べる価値があると思われたこと、その結果、信頼できると評価してもらえたことは、素直に嬉しいと思った。誰にも言えないけれど、誇っていいんじゃないかと。


「ありがとう。信頼してもらえて、嬉しい」

 そう言った途端、感極まって涙がどっと溢れてしまい、慌てて顔を隠す。涙もろい方ではなかったはずなのにと、深呼吸を繰り返し、気持ちを落ち着かせる。

「ごめんね、ちょっと動揺してるみたい」と、いったん席を立ってティッシュで涙を拭き、鼻もかんでから戻った。

「そんなに感激してもらえるとは思わなかった」

 トンビは、からかうように言って、ちょっと鼻にしわを寄せるように笑った。おかげで、深刻な雰囲気になることなく、私も笑い返すことができた。


「そういえば、何か質問はある?」

「そうね……トンビは、やっぱり飛ぶからトンビなの?」

「それもある」

「も?」

「……鳴き声とか」

 鳴き声? あのピーヒョロロ?と考えた時、ひらめいた。


「ああ!トンビって、笛を吹く人なのね」

 手を打って、「今度、聴かせてほしい」と言うと、トンビは微妙にふてくされた感じを漂わせている。どうしたのかと返事を待っていると、笛を吹き始めた頃、楽しくて吹きまくっていたら、ピーヒョロうるさいと言われてしまった上に、トンビと呼ばれるようになったそうで。それからは、あまり吹かなくなったし、空を飛ぶ訓練をこなして、そちらの意味での呼び名になってきたという。

「楽器なんて、好きで楽しいだけで良いのにね」と言うと、「確かに、あんまり上手くなかったから」と、照れ臭そうに笑っていた。気が向いたら、そのうち聴かせてねとお願いしておいた。


 その後は、これからのことを少し話して、トンビは帰っていった。毎日は来ないにせよ、私の部屋に隠れ家を作るのは、さすがに遠慮してもらった。やはり、殿方には見られたくないこともあるし、賃貸アパートなので後々、困りそうだし。大体、トモダチが異性というコロボックルは初めてらしく、お互いに調整がいろいろ必要だということで一致した。


     ◇


 あれから半年、トンビとは時折、話をするぐらいだが、良い関係を保てている。私の勤務が不規則なこともあり、人間の友人とも頻繁に交流できていないことを考えると、よほど会っているかも知れない。それと、トンビはちょっと呼びにくいと、トビーと呼ばせてもらっている。彼の方も気に入っているらしい。多分。

 

 本に出てきたコロボックルのことは、いろいろ聞いてみたい気持ちはあったが、知りたくないことまで知ってしまいそうで、聞けていない。


 それから更に3カ月ほど経ち、初めて出会った時からほぼ1年が経った。そんなある日、トビーがいつものように、私の部屋にやってきた。

「美月、今度の日曜は休みだったよね」

 私の部屋のカレンダーには、毎日のシフトが書き込んである。それを元にお互いの予定をすり合わせ、遊びに(?)来る日を決める。部屋に隠れ家を作らなかったので、そういうやり方で落ち着いたのだ。


「うん、珍しくね。何かあるの?」

「午後から、いっしょに行ってもらいたいところがあるんだけど」

「おー、デートに誘われた気分」

 そう言って笑うと、トビーが少し赤くなって「そういうわけじゃなくて」と目を背ける。トビーは私より年下で、トモダチといっても、ちょっとやんちゃな弟分という感じである。もちろん、しっかりした部分もあって、そんなところは逆に頼りになる。つまり、持ちつ持たれつというか、トモダチとしてバランスが取れているのだ。


「えーと、どこに行けばいいの?」

「はっきりしたことは、当日」

「そうなの? わかった」

 トビーがそう言うならと、うなずいた。

「美月は、聞かないね」

「ん? 何が?」

「突っ込んで聞いてこないね」

「当日、わかるんでしょ? それに、トビーのこと信用してるし」

「それもだし、ぼくらコロボックルのことも。本を読んだなら、聞きたいことがあるだろうと思ってたのに、聞いてこない」

 そう言って、本棚に並んでいるコロボックルシリーズを見やる。そうか、そういうことか。


「そうだね。でも、私はトモダチにはなれたけど味方ではないでしょ。味方としては役に立てる力はないし。そんな私が、本で読んだ人たちのことを聞き始めたら、歯止めが効かなくなりそうだから、そこは自粛しようと思ってる」

 自分が知りたいからと、どんどん聞いて知識が増えても、それは誰にも言えない知識だ。それでも、知っていたら、うっかり漏らしてしまうかもしれない。そういった事態を招かないためにも、聞かない方が良いのだ。

 トビーは黙ったまま、しばらく私を見つめていたが、ふっと笑って「美月なら、そういううっかりはしないと思うよ」と言うと、その日は帰っていった。


     ◇


 さて、日曜日がやってきた。出かけるのは午後からということなので、ゆっくりめに起きてブランチ……というには程遠い普通の食事を摂り、身支度をしてトビーを待つ。

 午後1時を回った頃に、窓の方からトビーの口笛が聞こえてきたので、窓を開けて迎え入れる。

「出かけられる?」

「大丈夫」

「今日は、図書館に行くよ」


 家を出て、歩き始めてからトビーが言う。この町の図書館は、私が子どもの頃は、せっせと本を借りに通ったものだが、最近は側を通ることはあっても、寄ったことはなかった。何年か前に建て替えられ、緊急時の避難所としても使えるようになった。1階には、ちょっとした談話スペースがあり、カフェも併設されている。

「うわー、久しぶりに行くわ。子どもの頃は家も近かったし、よく行ってたけど」

「待ち合わせなんだ」


 つまり、誰かと会うことになるのか。

「トモダチの人?」と聞くと、「ナイショ」といたずらっぽく笑う。教えてくれる気は、無いらしい。

「変な人じゃないから」

「その辺は、心配してないけど」

 私が、携帯電話で話すフリをしながら歩くのが好きではないのを知っているので、トビーは「先に行っとくから」と、サッと肩から姿を消す。


 この後、会うことになる人がコロボックルでないことは確かだが、どういう人なのか予測がつかないので、どうも緊張する。もちろん、トビーの「変な人じゃない」という言葉は信じているが、トモダチ以外だと味方……せいたかさん一家に係わる人だとしたら、私は会うような立場にないと思うし。あ、でも、味方も増えてるかも? そんなことが頭の中でぐるぐる回っているうちに、図書館の見えるところまでやってきた。


 ふと見ると、建物の前にある東屋のようなところのベンチに男性が座っている。あの人がそうなのかな?と思ったら、トビーが肩に来た。

「あの人だよ。トールさん」

「トールさん?」

 徹・透・亨……といった変換を頭に浮かべている間に、その人は立ち上がって、こちらを見ている。それに気づいて慌てて会釈をすると、あちらからも返ってきた。

 少しだけ足を速め、その人の前まで行くと、改めてお辞儀をする。


「美月さん、ですね。N―高校でしたよね」

「は?」

 初めましてを言うつもりが、相手からのカウンターパンチを喰らい、面食らう。

「失礼、僕も卒業生です。ちょうど入れ替わりでしたが」

 つまり、私が入学した年に卒業したらしい。

「あの、トビー…トンビがお話ししてましたか?」


 トールさんは、同じ高校の先輩になるわけだが、入れ替わりということは、接点は無かったはずだ。

「卒業した後ですが、部の後輩に呼ばれて文化祭に行った時に、演劇部の公演を見ました。美月さんが主演の」

「それは、とんだお目汚しを……」

 冷や汗をかきながら、また頭を下げる。青春の赤っ恥や黒歴史というほどではないが、やはり恥ずかしい。あの頃は舞台俳優に憧れ、演劇科のある大学に進学したいと思っていたのだ。スポンサー(親)のOKが出なくて断念せざるを得ず、尚且つ、そこまでの才能は無いことを、後になって自覚したが。


「いやいや、面白かったですよ。おかげで覚えていました」

「いえ、覚えられている方が恥ずかしいです…」

「美月ー、顔赤いよ」

 トビーよ、そこでツッコんでくるか。それとも、トールさんの前で漫才でも始めようというのか。いつの間にか肩にいるトビーを横目で睨む。


 私のその表情で、十分、漫才要素を満たしていたのか、トールさんが吹き出す。

「話には聞いていたけど、本当に仲が良いんだなぁ」

「そう聞くと、何を言われていたのかと恐ろしくなります」

 憮然とする私に、トールさんとトビーが揃って笑い出した。その様子は、トビーとトールさんは仲が良いんだなと感じさせた。


「トールさんは、トンビのトモダチなんですか?」

「そんなものです。あと、トールは呼び名です。本名はサトルといいます。祖父の親友の名前をもらったそうです」

 トールさんは、顔立ちが整っていて、イケメンというよりハンサムという方が合いそうな人だ。落ち着いた穏やかな人柄に見える。

「英語のトールだよ」

 トビーが追加で説明する。つまり「tall」、日本語にすれば「せいたかさん」……?

 その時の私は、かなりびっくりした顔をしていたんだろう。トールさんは「また、おいおいに」と穏やかに微笑んで、外に立ったままは何だから…と、図書館併設のカフェに入ろうと促された。


 カフェでは、同窓ということもあり、教わった先生のことなどが話題になった。それと、トールさんはPCで扱うシステムを作る仕事で、私の職場で使われているシステムも作っていた。意外と世間は狭い。

 気がつけば、外は暗くなり始めている。いくら高校の先輩・後輩で、あちらには面識があっても、私にとっては初対面ということもあり、今日のところはお開きになった。

 名刺をいただいたが、私の方はそんなものは無く。でも、トビーが連絡役を買って出たので、いずれまた……ということで、失礼した。


 帰り道で、トビーに「いい人でしょ」と聞かれて「そうだね」と答えたが、緊張していた分、かなり疲れた気がする。でも、何だか、心がふんわりと温かくなるような感じもした。

 縁があれば、また会うことがあるかもしれない。

「現代の“せいたかさん”かぁ……」とつぶやくと、耳元でトビーが笑い声を立てた。

『コロボックルシリーズ』の設定を、少しだけお借りしました。

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