予兆
ルイスはふうと深呼吸すると、鞘から太刀を抜き、ゆっくりと構えた。一歩、また一歩と進んでいくことで、黒装束たちが後退していく。
一方で、背後のフラムはもはやなにも言わなかった。ただ無言で、敵に歩み寄るルイスを見つめている。
彼女はSランク冒険者だ。
そんな彼女でも、このスキルには驚かざるをえないらしい。
ルイスはきっと黒装束らを睨みつけた。
――たしかに、奴らは強いだろう。ひとりひとりがAランク冒険者相当の実力を持っているから、束にうなったらかなり厄介だ。
だが、それも無意味だ。この《無条件勝利》の前では。
「…………」
やがて、黒装束のひとりに動きがあった。
「ウオオオオオオ!」
醜い奇声をあげ、こちらに突進してくる。
さすがのスピードだ。さきほどのフラムほどではないが、奴が走るだけで大量の土煙が舞う。
――強い。
だが、その程度だ。
ルイスはたった数秒の間で、敵の情報をつぶさに観察する。
使用武器は剣。鞘に手を添えながら、猛然とこちらに駆けてくる。
ルイスは敵の行動パターンを予期し、ある一点に向けて太刀の切っ先を差し向けた。
「…………ッ!」
ほどなくして、その黒装束はぴたりと動きを止めた。
奴の進行方向に、ルイスの太刀があったためだ。
「……どうした。動けねェか」
「…………」
数秒間の静止。
そして。
ルイスはひらりと地を蹴り、ゆるやかな動作で跳躍する。
その間、太刀による斬撃を八閃――
黒装束の胴体めがけて、縦横無尽に叩き込んだ。
「ガアアアアアアッ!」
敵が醜い悲鳴を上げるのと同時、奴の全身から大量の血が噴出した。容赦ない八閃の攻撃によって、敵が気づかぬままに、致命傷ともいえるダメージを与えたのだった。
「グウウ……」
――ストン。
ルイスが地面に着地するのと、黒装束が倒れるのはほぼ同時だった。鮮血をあたりにまき散らしたまま、相手はびくとも動かない。
これが、ルイスの新技――心眼一刀流、《観測》だった。
対象者の動きを感覚的に先読みし、そのうえで適切な動きを取る……。黒装束の進行方向に対し、ルイスが太刀を向けることができたのはそのためだ。
さらに、この《観測》は攻撃においても強力な技となりうる。相手にとって、最もダメージが通るであろうタイミングを感覚的に《観測》し、最適な攻撃を叩き込むことができる。実際にも黒装束は、ルイスの攻撃を認知しないままに倒れることとなった。
ルイスはこれを、何度も魔獣と戦うことで会得した。過去の文献を読みあさり、勇者エルガーの戦い方を学び直したのである。この《観測》はチート技なだけあって、習得には少しばかり苦労を強いられた。
だが、これくらいの努力、ルイスにとってはどうということはない。
加えてこの技は、過去の戦いを反省した結果、習得すべきと判断したものだった。
去るロアヌ・ヴァニタス戦において、ルイスたちは泥試合を繰り広げることとなった。言うまでもなくロアヌ・ヴァニタスは強敵だったが、ルイスが決定的な攻撃を叩き込むことができれば、もっと安全に、かつスピーディに決着をつけることができた。
もしあのとき、前代魔王の動きを完全に避け、そしてこちらが適格な攻撃ができていたら――そんな反省を込めて、ルイスは修行に励んだ。
その結果は――大成功だったようだ。
「な、なんだ、いまのは……」
背後で、フラムが目をぱちくりさせた。
「嘘だろ……? 私が……私がまったく見えなかったぞ……?」
Sランク冒険者様でさえ捉えきれなかったとは。修行した甲斐がある。
「…………」
もう敵方は完全に戦意を消失したようだ。ルイスをじいっと見つめたまま、身じろぎもしない。
――そういえば、こいつらは一体、何者なのだろう。
フラムやルイスには適わないにしても、全員、そこそこの使い手だ。こいつらが束になれば、きっと古代魔獣さえ倒せるに違いない。
それほどの猛者が大勢で黒装束をまとい、ルイスたちを拉致した……
怪しいというどころではない。絶対、なにか裏がある。
「死ぬ前に答えろ。てめェら……いったい何者だ。なぜ俺たちを襲った」
「…………」
しかし連中は一向に答えない。ただ無言で、ルイスの視線を受け止め続けるのみだ。
「おい、なにか言ったらどうなん――」
「無駄さ」
背後のフラムが呼び止めてきた。
「こいつらとは会話が成立しない。まるで意思を感じないんだ」
「…………」
「これは私の推測だが……こいつらはたぶん、誰かに意識を操られてる。……いや、そうとしか思えない」
★
サクセンドリア帝国。
帝都の王城にて――
「ど、どういうことですか?」
サクヤ・ブラクネスは思わず素っ頓狂な声を発した。
目の前には、玉座に腰掛ける皇帝ソロモア・エル・アウセレーゼ。肘掛けの上で頬杖をつき、難しい表情をしている。隣には皇女プリミラもいた。
「どういうことって言われてもね……」
皇帝ソロモアが力なくため息をつく。
「余が聞きたいくらいさ。まさか帝都襲撃の首謀者――ヒュース・ブラクネスが、《なにも覚えていない》などと証言するとは……」
「…………」
「だから君を呼んだのさ。このことについて、なにか知っていることがあれば教えてほしい」
なるほど。
皇帝ともあろうお方が、下の者を通さず、みずから聞いてくるとは……。それほど衝撃的だったに違いない。
だが。
「わかり、ません……」
サクヤは、自分でも驚くほど小さい声を発した。
「とにかく、家庭では《どこにでもいる普通の父親》でしたから……。前にもお話しましたように、そんな父が帝都を襲うなんて……まるで信じられなかったんです……」
「そうか……」
ソロモアはプリミラに一瞬だけ目配せすると、再びサクヤを見下ろした。
「となると……こうは考えられないかな? なんらかの力によって、ヒュースは意識を操作されていたと」
「……え?」
「あくまで可能性の話さ。でも……まったくありえないわけでもないと思う。だって非効率的じゃないか。帝国を憎むのであれば……何故あんな直接的な手段に出た」
「たしかに……それは私も不思議でした……」
「もし、何者かが裏で手を引いているのだとしたら……」
そう言ったのは皇女プリミラだった。
「真っ先に関与を否定したユーラス共和国も、なんだかきな臭いですね。本格的に、なにかが始まろうとしている予感がします」
「そう、ですね……」
こればっかりはサクヤもわからない。
サクセンドリア帝国と、ユーラス共和国。
かねてから仲の悪かった二国だが、ついに衝突を起こすのか。向こうの大統領はなにを考えているというのか……
サクヤはぎゅっと瞳を閉じ、さきほど異国へ旅立っていった、壮年の男性を思い出しながら言った。
「いまはルイスさんが調査に出ていってくれています。あの二人なら、きっとなんらかの解決策を見出してくれるかと思います」
「ふむ。余もあの二人には期待しているが、皇帝として他人に任せっぱなしでは話にならん」
「え?」
「プリミラ。共和国の動きをよく観察しておけ。これ以上、我が国を傷つけるのは断じて許さぬ」
「承知致しました……!」
力強く頷く皇女プリミラだった。
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