おっさん、新たな旅路へ
「改めて、依頼完了だな」
みんなで食事を堪能した後、フラムはふいに表情を引き締めた。
彼女の脇には、書類が一枚、ぽつんと置かれている。あれがギルドの依頼書というやつか。
「サインもすでに済んでいる。あとはこれをギルドに持っていけば、依頼完了と見なされ、報酬がギルドから支払われる」
「ほう……。依頼者からもらうわけではないのか」
「そうだな。依頼を届けるときに、あらかじめギルドに払ってある」
なるほど。
その点は帝国とは違うようだ。
向こうでは、依頼人本人から報酬をもらっていたから。
「でも……こっひのほうが正確でいいかもしれませへんね」
パン屑を頬に残したまま、アリシアが覚束ない滑舌で言う。
「ちゃんと噛めよ……」
思わず呆れるルイス。
だが、アリシアの意見にはまったく同意できた。
帝国においては、依頼を完了させた後、依頼者本人から報酬が支払われる――
このシステムだと、ときたまトラブルが起こることがあった。
依頼書に明示されていたはずの報酬を、依頼者が用意できていなかった場合だ。冒険者も慈善事業をしているわけではない。労働したぶん、相応の見返りがなければもちろん怒る。聞いた話だと、本来の報酬の半分しかもらえなかったケースもあるという。
そのようにして不誠実を働いた依頼者は、次回から依頼を断られるか、もしくは優秀な冒険者から避けられるようになる。ギルドマスターのライアンも、そういった不正をさせないように目を光らせていたが、そもそも最初から報酬をもらっていればいいだけの話だ。
そういう意味では、帝国のギルドのシステムはすこし遅れていると言わざるをえまい。
「おい、どうしたよ? 急に考え込んじまって」
ふいにフラムに顔を覗き込まれた。可憐な顔立ちが間近に迫る。
「あ、ああ……すまん。なんでもないんだ」
「そうか。ならいいんだが」
そしてなぜかアリシアにじろっと睨まれた。
「鼻の下、伸びてまふ」
――だからおまえはちゃんと噛んでから喋れ。
「しかしルイス、よくよく考えてみると謎だな。あんたたちは神聖共和国党について調べにきたんだろ? 依頼書には薬草採取としか書いてないのに、なぜ私の依頼なんかを……」
「ああ、それには色々あってな……」
ルイスは簡単に、これまでの経緯を説明してみせた。
Aランクの冒険者、オルスがなぜか場を仕切っていたこと。
そのオルスに、フラムの依頼を完遂させたら冒険者登録を認めてやると言われたことなど。
すべてを話し終えたとき、フラムははあと盛大なため息をついた。
「まったく……いつまで経っても、あそこは馬鹿の集まりか……」
そしてチラリと、彼女はナールを見やる。
「あら、私のことなら気にしないでください。もう元気になりましたから……フラムは自分の好きなことをなさい」
「お母さん……わかった」
そしてすっくと立ち上がると、彼女はルイスとアリシアを見渡した。
「なら、一緒にギルドに行こう。まずはあんたたちの冒険者登録を済ませてから、今後の計画を立てたい」
「おう。そうだな」
そう言って、ルイスも立ち上がる。アリシアも慌てて残りの食事をかきこんでから腰を上げた。
「……じゃ、ナールさん。わざわざ豪華な食事、ありがとうございました」
頭を下げるルイスに、ナールは慌てたように両手を振る。
「な、なにを言うんですかぁ。お礼を言いたいのはこっちのほうですよ。またなにかありましたら、いつでも来てくださいね。お待ちしておりますぅ」