おっさん、美少女を仲間にする
★
「――おい、どうしたよ?」
ルイスはフラムの顔を覗き込んだ。
いったいなにがあったのか、さっきからずっと黙りこくってしまっている。しかも表情がだいぶ暗い。
フラムははっとしたように顔を上げた。
「あ、いや、すまん。なんでもないんだ」
そう言ってまたも視線を落としてしまう。やっぱり帝国人が家にいると不安なのか、出ていったほうがいいのか――そこまで考えたとき、フラムは再び視線を戻した。
「あんたたちは、神聖共和国党のなにを知りたいんだ……?」
「んん……そうだなぁ」
呟きながら目を細める。
「まずはどんな組織なのか、目的はなんなのか……そのへんを探りたいと思ってる」
なにしろ、事件の首謀者たるヒュース・ブラクネスでさえ、詳しいことはなにも知らないというのだ。裏で手を引いている組織があると見るのが妥当である。
「……私もさ。ギルドに入ったのは神聖共和国党のため。でも……なにもできなかったな」
「ふむ……」
ルイスは顎を撫でた。
神聖共和国党のためにギルドに入った……つまり、父の動向を追うためにギルドに入ったということか。
なのに……
神聖共和国党はいまや解散同然に追いやられている。
実行犯は帝国で拘束された。
共和国にも党員がいる可能性はあるが、この迫害のされようだ。まともな生活は送れていないだろう。
けれど。
「まだ終わっちゃいねえさ」
力強く言い放つルイスに、フラムは目をきょとんとさせる。
「え……」
「あのテロ事件には謎が多い。実行犯を捕まえて、それで終わりじゃねえんだよ。まだまだやることは残ってる」
たとえば、一度目の帝都襲撃だ。
魔獣たちはなぜか井戸の《隠し扉》の存在を知っていた。これもいまだ不明な点だが、首謀者のヒュースは真実を知らないようだ。
また黙り続けるフラムに、ルイスは言葉を重ねる。
「もうなにもかも終わっちまって、どうすることもできない……。そう思う気持ちはよくわかる。けどな、そんな状況でもできることはあるんだよ。どんなに今がクソったれでも、諦めなきゃ、いつかは……」
そう言いながらアリシアを見る。
相棒も真剣な表情で頷いた。
最後まで諦めない……
ルイスにもアリシアにも、それは人生の教訓だった。
最後まで希望を捨てなかったからこそ、ルイスもアリシアも類を見ない力を手に入れた。心からそう思えるから。
「……最後まで諦めない、か……。ふふ、単純なようで……なんて難しいことだ……」
フラムが諦観の笑みとともに顔を落とす。
「はは……。あんたも色々と経験してきたんだな。だが、こんな状況でもできることはある、か……。盲点だったよ。私はすっかり諦めていたのに……」
「ハァい。お取り込み中すみませーん」
と、いきなり会話に割り込んできたのはフラムの母親だった。両手に大皿を持っている。
「たったいま調理が終わりましたからねー。腕によりをかけて作りましたぁ」
そうして差し出された料理の品々を見て、ルイスは思わず
「おお!」
と大声を発した。
肉と野菜の炒め物のようだが……どんな仕掛けがされているのか、なんともいえない香しさがある。全体に赤みを帯びていているのが特徴的だ。
「これはですねぇ……香辛料を使った食べ物なんですよぉ」
「香辛料……?」
「はぁい。食べるとピリッとした刺激があります。ま、食べればわかりますよぉ」
「なるほど……」
そんな料理、故郷にはなかった。もしかすれば王族や金持ち連中なら《香辛料》とやらを金で買っているかもしれないが、ルイスのような平民にとっては初めて対面する食べ物だ。ここ共和国では普通に流通している物なのかもしれない。
他にも、色とりどりの料理がいくつも並べられ、なんだか申し訳ない気持ちになってくる。
それらの皿を見渡しながら、フラムがぎこちない顔で言う。
「お、お母さん……これ、いまウチにある食材全部じゃ……」
「なに言ってるのぉ。もちろんじゃない」
「「え…………!?」」
まさかの衝撃発言に、フラムだけでなく、ルイスやアリシアも目を丸くする。
「命の恩人なんですから。これくらいのお返しは当然じゃないですか」
「し、しかしですなぁ……」
急に居づらくなってしまい、ルイスはうつむいてしまう。
この家もいま大変な問題を抱えているはずだ。なのに食材を全部、しかも俗に言われる《テイコー》に提供するとは……
「ふふ……いいんですよ。さっきも言ったじゃないですか」
両手を重ね合わせ、フラムの母は小首を傾げる。
「出身がどうあれ、私たちはそもそも同じ人間なんです。間違っているのは……いまの大統領と、それに煽動されている人たちですよ」
「…………」
ルイスはごくりと唾を呑む。
なんだろう。
さっきまではのんびりしていたのに、一瞬だけ強烈な風格を放っていたような……
隣のアリシアも同種の気配を感じたのか、まじまじとフラムの母を見つめている。
「申し遅れました。私はナーラ。ナーラ・アルベーヌと申します。この料理は私のせめてもの気持ちです。どうか……遠慮なさらずにお召し上がりください」
食事は大変な美味だった。
故郷とは違い、こちらの料理はやや刺激が強い傾向があるようだ。前述の《ピリ辛》な味であったり、濃いめの味付けであったり……それはそれで新鮮で美味しかった。
ルイスもアリシアも、しばし夢中でそれらの料理を口に運んだ。会話をするのももどかしかった。
一方で、フラムだけはなぜか元気がなかった。先程と同じように考え事をしているのか――すっかり黙り込んでしまっている。ナーラはそんな娘を見ても、なにも言わなかった。
そして。
食事も終わりを迎えようとしたそのとき、フラムが急に顔を上げた。
「その……テイコー、じゃない。ルイスといったか」
「な、なんだ?」
共和国の人に初めて名で呼ばれ、ちょっと緊張する。
「あんたたちも、その……神聖共和国党の動向を追ってるんだったな」
「ああ。そうだが……」
「できればでいいんだが、私も協力させてほしい。私も帝国での襲撃事件を知りたいし、あんたたちも共和国のことを知りたいだろ? わ、わわ、悪くない条件だと思うんだが……」
言ってて恥ずかしくなったのか、フラムは頬を赤らめながら言う。
――マジかよ。
ルイスとアリシアは互いの顔を見合わせた。
正直、願ってもない申し出だ。Sランク冒険者なら即戦力になるし、情報も持ち合わせているだろう。
決死の告白をしているつもりなのか、フラムがうるうるした瞳で見つめてくる。それを見れば無条件で受け入れたくもなるが、その前に言っておかねばならないことがある。
ルイスは咳払いをして姿勢を正すと、フラムの視線を受け止めた。
「その前に、ひとつだけ、断っておきたい。俺は……神聖共和国党のテロを妨害したひとりだ」
「え……」
「もしかしたら……あんたたちの父親も……俺が手をかけてしまったかもしれない。一緒に行動するなら、それだけは隠してはおけないと思ってな」
「…………」
フラムは辛そうに顔を落とした。
ナーラも同様、切なそうにうつむいている。
「はは……そんなこと……黙ってりゃ気づかれないのに……。あんたたちのこと、とことんわからなくなったよ……」
やがて、ぽつりと、フラムが口を開いた。
「でも、それはしょうがないと思う……。この場合、悪いのはどう考えても神聖共和国党だし……それにルイスが手をかけたとも限らない。それも含めて、これから探っていきたいんだ」
「そうか……」
強い娘だ。
アリシアと同じように、さんざん辛い目に遭ってきたのだろう。彼女自身は《もう諦めていた》と言っていたが、心のどこかでは、納得しかねる部分があったのかもしれない。
「わかった。フラム。これから……よろしく頼む」
そうしてルイスとアリシアは、フラムと固い握手をするのだった。
それを見て、ナーラはニコニコと笑っていた。
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