おっさん、かしこまる。
暗い空気を察したのだろうか。
ふいに、フラムの母親がパチンと手を叩いた。
「さて、じゃあご飯にしましょうか。ちょうど出来上がったところなんですよぉ」
「お。メシですか!」
「私もお腹ペコペコです!」
急に目を輝かせるルイスとアリシアに、フラムが苦笑する。
「そんな嬉しそうに……。見ての通り、うちは貧乏だ。たいしたものは出せないぞ?」
それに答えたのはアリシアだった。
「それでもいいんです! 知らない国のご飯! 楽しみじゃないですか!」
大げさなまでの身振り手振りで自身の喜びをアピールするアリシア。誇張でもなんでもなく、目がキラキラしている。
――こいつは変わんねぇなぁ。
ルイスも苦笑いを浮かべながら、ぽりぽりと後頭部を掻いた。
「ま、俺たちはあんたらにとって侮蔑の対象だ。なのにこうして暖かく出迎えてくれて……感謝するよ」
「な、なにを言うんだよ」
フラムがテーブルに前のめりになる。
「あんたたちは母親の病を治してくれたんだ。そこまでかしこまるなよ」
「いやぁ。しかしなぁ……」
実際、さっきまではひどい迫害を受けてきたのだ。
黒い瞳をしているだけで馬鹿にされ、嘲笑され、門番の兵士にはいきなり背中を殴られた。冒険者ギルドでもろくに冒険者登録さえできなかった。
なのにこの親子は……
「あーもう。訳わかんないね……」
なおも黙りこくるルイスに、フラムも納得いかなそうに髪を掻いた。
★
――大商人でも貴族でもない、謎の帝国人。
――片や病状を見ただけで必要な薬草を言い当て、片や重病を一瞬で治すほどの魔術師。
この二人、絶対にただ者ではない……
それが、フラム・アルベーヌの所見だった。
新人冒険者と名乗ってはいるが、必ず裏がある。
それはきっと、先日、神聖共和国党が帝国を襲ったことと無関係ではあるまい。
母親の恩人ではあるものの、そう簡単に気を許していい相手ではない。そうフラムは判断した。
一方で。
この二人は、どこまでも人間臭かった。
――それならそれで構いません。お母様の容態を確認したら下がります。ですから――
そう懇願するアリシアからは、いままで感じたことのない、健気な思いが感じられた。演技では決してない、切なる優しさ……。それを察したからこそ、フラムもわざわざ扉を開けてしまったのである。
それだけじゃない。
この二人、異様に人間ができている。
フラムがSランクだと名乗ってもなお、尋問などをしてこない。きっと彼らは神聖共和国党について色々知りたいはずだ。なのにフラムの心情を気遣っているつもりか、なにも聞いてこない。敵意すら感じられない。
そればかりか、こちらを傷つけないために配慮している気配さえある。
いったい、この二人はなんなんだ……
テイコーってのは、人間らしさの欠片もない、クズどもの集まりじゃなかったのかよ……!
だからフラムはわからなくなってしまった。
ルイスやアリシアのことも、そして《テイコー》のことすらも……
考え込むフラムを、母親が下から覗き込んだ。
「どうしたのー?」
「あ! いや、なんでもない……」
「……フラム」
そして真っ直ぐに娘の瞳を見据える。
「さっきも言ったでしょう。出身はどうあれ、私たちはみんな同じ人間。差別する道理はないのよ」
「…………!」
はっとフラムは息を呑む。
一見のんびりしている母だが、フラムが悩んでいるとき、胸にグサリ刺さる言葉を放ってくる。しかもそのときの母は固い口調だ。いつものゆったりした話し方をしない。
「お母さん……。私は……」
――どうすればいいの。
そこまで言いかけたが、母はすっと台所に消えていってしまった。残りの食事を取りにいったらしい。その後ろを、アリシアが追いかける。
「あ、待ってください。私も手伝いますから」
「いいのよぉ。あなたは恩人なんだから、くつろいでなさいな」
「そんなわけにはいきません……!」
そんなやり取りを聞き流しながら、フラムは思い出していた。
――大好きだった父親を。
――優しかった父親を。
なにやら怪しい政治団体に所属しているとは聞いていたが、そんなことは幼いフラムにはどうでもよかった。
だって父親が大好きだったから。ろくに帰ってこなかった父だけれど、久しぶりに会ったときは弾けるような笑顔で抱きしめてくれたから。
ほとんど家にもいなかったが、どうやって収入を得ていたか、充分すぎるほどの金銭を家に収めてくれていたらしい。
そんな平和が崩れたのはいつからだろう。
政治活動の一環として、父がなんと帝国に潜入しにいく――
そんな話を聞いてしまったのである。むろん母もフラムも止めたが、最後の父の姿は冷たいものだった。静止を呼びかける母に振り返りもせず、無言で立ち去っていったのである。
なぜ、どうして。
当時のフラムにはわからなかった。
神聖共和国党とはどんな組織で、なにをしているのか……
なぜ、父は最後にあんなに冷たくなってしまったのか……
それを知るために、フラムは懸命に自分を磨いた。ギルドに入り、上位ランクに昇り詰めれば、きっと良質な情報が得られる。そして、いつか必ず父に会える――
それをモチベーションにして、必死に修行した。そしてトントン拍子にSランクになった。さすがにすこし拍子抜けしてしまったけれど、最高ランクに昇格したときは嬉しかった。
そこまで昇りつめたのに――フラムがSランクになったとき、事件が起きた。
神聖共和国党による、帝国のテロ行為。
いくら仲の悪い国とはいえ、サクセンドリア帝国とは表向き友好関係を続けている。大統領もこのテロを賛辞することはせず、逆にこう言い放った。
――我らの品位を落とす野蛮な行為である――
それからだった。
軍の連中が、フラムの前の家にやってきたのは。




