おっさんたち、謙虚さだけは忘れない
「ここか……」
とある一軒家を前に、ルイスは立ち止まった。
――汚い。
一言で表すならそんな言葉が適切であった。
さっきまでの先進的な町並みとは打って変わり、スラム街とでも言うべきだろうか、一転して寂れた家々が軒を連ねている。
「なんか、嫌な空気ですね……」
「……ま、これも仕事だ。我慢するっきゃねえよ」
路上に座り込んでいる放浪者までいるから驚きだ。
いかに首都といえども、すべてが華々しいわけではない……ということか。その点においては故郷も似たようなものだが。
――そんなスラム街に目的の家はあった。
比較的、周囲の家よりは立派な門構えである。ボロボロの扉には《テロリスト》《右翼は死ね》と書かれた紙が所狭しと貼られている。どこぞの暇人の仕業だろう。
ここで、件の依頼人が暮らしている……
あの新人受付嬢にそう教えてもらった。貼り紙を見るに、この家で間違いなさそうだ。
「……さて、と」
ルイスはアリシアと目を合わせると、数秒だけ呼吸を整えた。
微妙に高鳴っている心臓の鼓動を意識しながら、コンコンと軽く扉を叩く。
「…………」
しかしながら、返事はない。
からかいにやってきたと思われているのか。
ルイスはこほんと咳払いをすると、近所に響かない程度の声量を発した。
「突然の訪問、失礼する。ギルドの依頼を見てきた者だ。よければ話を伺いたいのだが」
ややあって、扉の向こう側から声が返ってきた。若い女の声だ。
「……ギルドのモンなら名を名乗ってくれないかい」
「ルイスだ。ルイス・アルゼイド」
「……聞かない名だな。からかいならよしてくれ。うちは……」
なんという警戒っぷりだ。
いったい、いままで如何なる迫害を受けてきたというのだろう。
ルイスは慌てて言った。
「待ってくれ。今日入ったばかりの新人なんだ。名前を知らねェのは当たり前だろう」
「…………本当だろうな」
しばらくして、ほんのわずかだけ扉が開かれ。
その隙間から、女の顔が覗いた。
「…………ッ!!」
女はルイスたちの瞳の色に気づいたのか、即座に扉を締め直す。ガチャン! という大きな音が周囲に響きわたった。
「帰れ! 腐ってもテイコーと関わる気はない!!」
「…………」
こりゃあすごい。
思った通り、かなり痛い目に遭ってきたのだろう。出会う者すべてを拒絶しにかかっている。
……そんな気持ちも、わからないでもないが。
「ルイスさん。私が代わります」
そう言ったのは相棒のアリシアだった。
「おう。頼めるか」
「はい。お任せを」
人の感情の機微については、女性たるアリシアのほうが敏感だろう。枯れたおっさんの出る幕はない。
ルイスは慎ましく後方に下がり、アリシアと立ち位置を入れ替えた。
「……失礼します。私、アリシア・カーフェイと申します。同じく、ギルドの依頼を見てきました」
「…………」
「話は聞いております。お母様が病気にかかっておられるんですよね? なのにギルドは誰も冒険者を派遣してこない。……さぞ、お辛いかと思います」
「…………」
「あなたの気持ちは……私も過去に似たような経験がありますから、痛いほどにわかります。でも……このままではお母様の病気は進行するばかりです。お願いします。扉を……開けてください」
「テイコーと、関わる気はない……!」
「それならそれで構いません。お母様の容態を確認したら下がります。ですから……!」
アリシアの言葉には不思議な説得力があった。
いままで自分自身が苦しみ続けてきたから。
自分の実力のなさに、アリシア自身が重苦に苛まれてきたから。
たとえ最強のスキルを手に入れたとしても、当時の辛苦を忘れることはない。それはルイスも同様だ。辛かった時代があるからこそ、人の痛みに敏感になれる。
やがて。
すうっと、扉がわずかだけ開かれた。
「……本当だろうな」
「はい。私たちは確かにテイコーですが、それと同時に冒険者です。困っている人を助けるのが私たちの仕事ですから」
「……そうか」
なおも逡巡しているのか、相手は再び沈黙する。
まあ無理もない。
家族が異国でテロ行為を働き、扉にこんな汚らしい貼り紙をつけられ、そのうえ異国人まで現れた……警戒するのも当然だ。いま彼女の頭のなかではさまざまな葛藤がせめぎ合っていることだろう。
そしてさらに数秒後。
スゥゥウと穏やかな音を立て、扉は完全に開け放たれた。
「お願いしたい。母を……助けてくれ……!」
姿をさらけ出した少女は、瞳に大量の涙を浮かべていた。
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