枯れたおっさんの使命
王都サクセンドリア。
その王城。
さすがサクセンドリア帝国の中枢たる建物だけあって、絢爛豪華な外観である。帝国一を誇るその城は、上空を見上げても天辺が見えない。
全体的に紅色に塗りたくられていて、数えるのもおぞましい窓が設置されている。おそらく相当数の部屋があるのだろう。
古来より、この王城は皇族の住居とされてきた。
帝国が盤石な政治体制を築いているのも、また長く平和な時代が続いているのも、帝王やその子息のおかげ。だからこの王城は平和の象徴なのだと――ルイスは幼い頃から教わってきた。
――その王城が、窮地に陥っていた。
普段は堅く閉ざされているはずの大扉が、無惨にも砕かれている。まるで巨大な魔獣が体当たりしたかのようだ。
耳をすませば、城内からさまざまな人間の声が聞こえる。
悲鳴。怒声。戦いの声。それに混じって、魔獣の鳴き声がかなりの数聞こえる。
「馬鹿野郎……!」
ルイスは思わず悪態をついた。
思った通りだ。
魔獣は最初から、ここを狙っていたのだ。
南口の襲撃など、いわゆる陽動に過ぎない。屋外からでも相当数の魔獣の声が聞こえる。少数精鋭でもって、王城を狙いにきたのだろう。
そしてまた、南口から侵入した魔獣も、隠し通路を伝ってここに来ているのだと思われた。
その効果は絶大だ。
大多数の戦士は南口に出向いてしまっている。王城に残っていた兵士は平時よりかなり少なかったはずだ。その証拠に、そこかしこに兵士の死体が見て取れる。少人数で戦って、返り討ちに遭ったに違いない。
「ひどい……これは……」
アリシアが両手で口を覆う。
ルイスもさすがに驚嘆を禁じ得なかったが、不思議と気持ちは落ち着いていた。これもまた歳のなせる技か。
――俺たちが出ても勝ち目はまったくないだろう。だが増援を呼ぼうにも、あの兵士のようにまったく取り合ってくれまい。
でも。
このまま見過ごすわけにもいかない。
「アリシア。ここでお別れだ」
「え……」
「ここは俺が出る。おまえは……そうだな。家に帰って、事件が収束するまでおとなしくしてろ」
「な、なぜですか!?」
アリシアがルイスの前に回り込む。
「た、頼りないですけど、私だって立派な冒険者です! こういうときくらい、背中を守らせてください!」
「ふん。ガキのくせにナマ言ってんじゃねえよ。馬鹿かてめェは」
「へ……」
「俺と違って、おまえには可能性がある。だから生きていてほしいんだよ。俺はもう……枯れちまった」
言うと、ルイスはアリシアの腹部を思いっきり殴った。
「う……。な……ぜ……」
アリシアは数秒だけ呻き声を発し、その場に倒れる。
「すまねえなアリシア。あんがとよ」
女性相手に手荒なことはしたくなかったが、しょうがない。手刀でスマートに気絶させる所行は、ルイスにはできない。
「さて……行くとするかな」
ひとりになったルイスは、表情をきつく引き締め、王城へ向かっていった。