おっさん、ギルドを目指す
首都ユーラス。
ユーラス共和国における最大の都市であり、大統領の公邸もこの場所に存在する。
言うまでもなく、人口も国内最高だ。
情報を収集するならここが打ってつけだろう。
前述のように、街の規模そのものは故郷の帝都とそこまで変わらない。あちこちで人々が行き交い、いくつもの店舗がかなりの賑わいを見せている。これ自体は見覚えのある光景だ。
のだが。
「なあなあ……あいつら……」
「おい、テイコーだぞあの二人……」
そこかしこで、陰湿なヒソヒソ話が聞こえてくる。すれ違いざまに奇異な目をする者、明らかに不快感を示す者、さまざまなネガティブな感情が、ルイスらに突きつけられる。
「はあ……」
うんざりして、ルイスはため息をついた。
こんな視線はもう慣れているが、さすがに気持ちのいいものではない。面倒くさいったらない。
「やっぱり嫌われているみたいですね、私たち……」
アリシアもふうと息をついて言う。
「まったくだ。かなり偏見が強えみたいだなぁ……」
ちなみに、《帝国に住む者》と《共和国に住む者》はほぼ同じ容姿をしているが、ひとつだけ決定的な違いがある。
――すなわち、目の色。
これに気づいたがために、周囲の人々は即座にルイスたちを帝国出身だと判断したのである。
ルイスたちが黒の瞳をしているのに対し、ここの人々は黄色の瞳を持っている。
この違いは一目瞭然だ。
神聖共和国党の面々が目深にローブを被っていたのは、自身の瞳を見られないようにするため――という狙いがあったと思われる。
だが、一部の者――ヒュース・ブラクネスだけは違った。彼だけは瞳が黒色だった。ルイスが最後まで彼の正体に気づけなかったのは、そのへんのカモフラージュによるところが大きい。
「…………」
ルイスは、遠くにそびえる巨大な塔を睨みつけた。
漆黒に染め上げられた、禍々しい尖塔。
あの場所でユーラス共和国の大統領が勤務している。すなわち、帝国人への偏見を煽動している第一人者が。
――いったい、あんたはなんのつもりで……!
黒々しい感情が胸のなかで湧き出てくるが、ぐっと抑えつける。さすがに大統領にはまだ手が出せない。いまは情報収集が先だ。
そして。
情報収集といえば、うってつけの方法がある。
「アリシア。一緒に冒険者ギルドの看板を探してくれないか」
「え……ギルドですか……?」
「ああ。手っ取り早く各地の情報を集めるなら、そこが効率がいいだろ」
「も、もしかして……」
アリシアが呆れたように目を見開く。
「ユーラスの困ってる人たちも助けるおつもりですか……? お父さんの仕事みたいに……」
「どうだかな。ま、状況次第ってやつさ」
ギルドの仕事をしつつ、各地で多面的な情報を聞く。まずこれをやっていこうと思う。
あくまで目的は知識を得ることであって、人助けはそのついでに過ぎない。さすがもルイスもそこまでお人好しにはなれない。
ここのギルドマスターがルイスの仕事を許可するのか……それだけ心配だが。
「ふふ……ルイスさんらしくていいと思いますけどね、私は」
「はっ。言ってろ」
強気に笑うルイスだった。
★
「はあ……」
サクヤ・ブラクネスは、重い足取りで街道を歩いていた。
ルイスとアリシアを見送ってから一時間。
天候は一向に優れない。
どんよりと重たい雲が、陰鬱に空を覆い尽くしている。まるでサクヤ自身の心境を現しているかのように。
「なぜ……あんなことを……父上……」
知らず知らずのうちに呟いてしまう。その声はか細く空気に溶けていき、反応する者は誰もいない。
父――ヒュース・ブラクネス。
あの優しかった父親が、なぜあんな大事件を起こしてしまったのか。
早くに母を亡くし、男手ひとつで育ててきてくれたのに。
そんな父をすこしでも助けようと、正規軍の代理リーダーにまで昇りつめたのに。
……もしかして、母が病死したのも、最初から狙い通りだったのか……?
「ふふ……冷血の戦士と言われた私が、情けないものだ……」
ふいにこみ上げてくるネガティブな感情に、サクヤ自身、苦笑を禁じえない。
本当はこんなところでくよくよしている場合ではないのだ。
――自分の親族が大いなる罪を犯した。
だからせめてもの償いとして、他の人より十倍は働かないといけないのに。
なのに――
身体がいうことをきかない。
戦おうというモチベーションがまったく湧いてこない。
「ははは……まったく……私は兵士失格か……」
それに比べて、ルイスやアリシアのなんと強いことか。
どんなに絶望的な状況であっても、決して腐ることなく、自己を高め続けた。そして現在に至っては、皇帝陛下じきじきに謝礼されるほどの功績を収めた。
――私とは大違いだな……
そんな深い思索にとらわれていたからだろう。
サクヤは、自分を呼ぶ大声にまったく気づけなかった。
「クヤ殿……! サクヤ殿!!」
「……!? あ……」
目を見開き、顔を上げる。
気づけば街道を抜け、帝都の王城付近にまで到着していたようだ。
ここまでボーッとしていたなんて、気を抜いているにも程がある……
声をかけてきた人物は、サクヤも知る男だった。皇帝ソロモアの側近たる大臣である。
サクヤはぺこりと頭を下げた。
「申し訳ございません。軍人たる私が、このようにして気を抜くなど――」
「いや。よい。無理からぬことだろう」
大臣はこちらに気遣うような目を向けると、こほんと咳払いをした。
「サクヤ殿。どうだ。気持ちの整理をするためにも……ヒュースと面会するつもりはないかな? いつになるのかは明言できぬが……」
「え? 父と……?」
わずかに目を見開く。
「で、できるのですか? たしか、長らく意識不明になっていたと……」
ロアヌ・ヴァニタスの攻撃を受け、ずっと死んだように眠り続けていたはずだ。まさか目を覚ましたのか。
大臣は眼鏡の中央部分をくいっと抑えると、うむと頷いた。
「まあ、とても元気とは言えない状態だがな……。正直に言って異常だよ」
「はあ……」
「それでも面会くらいはできると思う。どうだね、もちろん嫌なら忘れてもいいが……」
「いえ。ぜひ会わせていただきたいです」
ヒュースの娘として、なぜ父があんな事件をしでかしたのか――
知りたい。
知って問いつめたい。
そうでもしないと、もう、前に進めない。
だからサクヤは、大臣の進言に迷いなく首肯した。
「お願いします……父に、会わせてください……」
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