おっさん、びっくりする。
「な、マ、マジかよ……!」
ルイスは思わず感嘆の声を発する。
建物から浮かび上がる光彩は、ショーやイベントを開催しているわけではなかった。
「う、嘘でしょ……?」
隣のアリシアも呆けた顔でぴたりと立ち尽くした。それだけに信じられない光景が広がっていたのである。
まず、発光している建物には共通点があった。それらはみな、百貨店や飲食店などの店である。
さっきは遠目でよく見えなかったが、よくよく近づいてみると、それらの光は文字であったりイラストであったり、なんらかの《表現》で自店をアピールしているわけだ。
百貨店であればセールや新商品の宣伝など。
それらの情報を、各店舗がそれぞれ競争するかのように発信しているのである。サクセンドリア帝国ではあまり見られない光景だった。
というより。
光を人為的に生み出すには、魔術師の力が必要なはずだ。これほど多くの光を発生させるには、それこそ大勢の魔術師が必要なはず。だが、近隣にはそれらしき者はひとりもいない。
「魔導具……」
ルイスはそうぽつりと呟いた。
噂で聞いたことがある。
濃厚な魔力をなんらかの物体に留めることで、たとえ魔術師でなくても強力な魔法を使用できるようになる最先端の道具。
帝国でも精鋭の魔術師たちがその精製に取り組んでいるが、実用化には至っていない。魔力を物体に留めようとしても、すぐに発散されるわ効果は薄いわで、およそ使える代物にならないようだ。
だからこそ、現在の帝国ではなかば諦められている技術だが――
見る限り、ほぼすべての大型店において、そのような派手な宣伝がなされている。使用されている魔導具の質も量もかなりのものだろう。
「なるほど……そういうことですか……」
隣のアリシアが、ひとり得心がいったかのように呟く。
「……どうしたんだ?」
「ああ、いえ。神聖共和国党の人たち、そんなに強くないのに、召還術だけは一流だったじゃないですか。そこに違和感があったんですけど……魔導具を使用していたとしたら……」
「……なるほど。たしかに、色々繋がるかもな」
サクセンドリア帝国とユーラス共和国。
武力においては、長く両国は拮抗していると言われてきた。
だが――これほどまでに魔導具が普及しているのであれば、現在においてはその限りではないだろう。なにしろ百貨店や飲食店で、これほど魔導具が普及しているのだ。軍事レベルにおいてはどれほど活用されているのか……考えたくもない。
もちろん、皇帝ソロモアはこのことを知っているんだろう。いま現在、両国にはなんともしがたい差が開きつつあることを。
だから手を出すに出せなかった。
たとえユーラス共和国出身の者に国内を荒らされても、それが口実で戦争を吹きかけられたら。
――絶対に勝てない。
慎重にならざるをえないのは現状致し方あるまい。
「…………」
ふいにルイスは、たとえようもない怖ぞ気を覚えた。
気づいていなかっただけで、世界崩壊の足音はすぐそこまで迫っている。ユーラス共和国に立ち入ることで、それに改めて気づいた。
なんとなくわかった気がする。
あの日――皇女プリミラがなぜ、あそこまで《世界を救ってほしい》と懇願してきたのか。
多くの帝国人が知らされていないだけで、世界の危機は刻一刻と迫ってきている。
「ふう……」
急にのしかかってきた重圧を押しのけるように、ルイスは軽く息を吐くと。
いまだ呆然と立ち尽くしているアリシアの肩をぽんと叩いた。
「行こうぜ。焦っても仕方ないさ」
「え……」
「まずは冷静に状況を見渡そう。いま俺たちにできることからだ」
「ルイスさん……そうですね……」
アリシアはえへへと恥ずかしそうに笑う。
「私ったらまだまだです。信じられない状況に戸惑うばかりで……ルイスさんのように強くなりたいです」
「はは。俺はただ枯れちまっただけだよ」
そうして苦笑いを浮かべ、ルイスとアリシアは首都ユーラスに足を踏み入れる。




