おっさん、陰湿ないじめに動じない
兵士の態度は尊大そのものだった。
明らかに小馬鹿にした口調。
呆れたような、上からものを見るような目線。
かつてのギルドそっくりだ。
いや――
なまじこちらのほうが、《帝国人》への偏見が強いのかもしれない。それこそ生まれたときから偏った教育を受けてきた可能性さえある。
そういう意味では、昔のギルドメンバーよりさらに軽蔑の度合いが強いと言える。
だがそんなもの、ルイスは今更なんとも思わない。幸か不幸か、この手のことには慣れている。
「悪いが、これから《首都ユーラス》に向かう予定でね。あまりお喋りしてる余裕はないんだ」
「ほほう」
兵士は変わらずニヤニヤ笑いを浮かべ、玩具を見るような視線を向けてくる。
「おー、もしかしてそいつらが噂のテイコーか」
「はっはっは、たしかに間抜けな面してやがるぜ」
いつの間にか、何人もの兵士がこちらに集まってきていた。
――こいつら、任務はどうしたんだよ。
「テイコー……?」
アリシアが不思議そうに目を細める。
「俺たち《帝国人》の蔑称さ。わかるだろ? 《不動のE》と同じようなもんさ」
「…………!!」
アリシアが切なそうに顔を落とす。
そう。
ルイスもその言葉を実際に耳にしたのは初めてだが、多分に小馬鹿にしたようなニュアンスが含まれている。
現に、複数の兵士らが、テイコーテイコーと騒ぎたて、こちらを見てはヘラヘラと笑っている。
――こりゃ、だいぶ偏見が根強いのかもしれねえな。
故郷たるサクセンドリアにおいては、ユーラス共和国の反感を買うような煽動はなされていない。一部の右翼を除き、故郷の人々はユーラス共和国の人々を《普通の人》だと思っている。
たぶん、皇帝ソロモアの方針だと思う。思慮深い彼が、そのような偏った教育を命じるとは思えない。
――そうじゃな。いまのおぬしなら任せてもよさそうじゃ。生きて帰ってくるんじゃぞ。約束だ――
――……改めて、礼を言おう。過去のことはどうあれ、助けてくれたことに――
アルトリアやバハートの言葉が脳裏に蘇る。
いまのルイスには、応援してくれる人々だって大勢いる。かつて見下してきたギルドメンバーでさえ、いまでは仲間だと思っている。
彼らのそんな暖かい言葉のおかげだろうか。不思議と、そこまで怒りは感じなかった。
ルイスはアリシアの手を離さぬようぎゅっと握りしめると、澄ました顔で兵士らに言った。
「じゃ、俺たちはこれで。仕事、互いに頑張ろうな」
「……ぬ」
ルイスの平然とした表情に、兵士らが静まり返る。なんだか面白くない表情をしているように感じられた。
本当は首都への道を尋ねたかったが、それができる空気でもない。ルイスはアリシアの手を引き、言った。
「さ、行くぞ。アリシア」
「あ、は、はい……!」
頼もしいものを見る表情で、アリシアがルイスの顔を見上げた。こんなことで動じていたら、この先、やっていけない。
と。
「がはっ!!」
ふいに背中にすさまじい衝撃を受け、ルイスは呻き声を発した。思わずその場にへたれこんでしまう。
「へっへっへー、命中ぅー」
見れば、さきほどの兵士が棍棒を手にニヤニヤ笑っていた。
「うお……っ」
頭がぐらぐらする。
――こいつまさか、いきなり手を出してきやがったか……!
「ルイスさん!!」
アリシアが切羽詰まった様子でルイスの身体をさする。普段は美しい彼女の顔がぐっと歪められ、兵士らに向けられる。
「あ、あなたたちは……!」
「よせ。アリシア」
そっと右手を差しだし、制止する。ここで事を荒立ててもいいことはない。むしろ故郷へ返されてしまう可能性もある。
ネガティブな感情のまま行動したことはいつか後悔する――それもまた、ルイスがこれまでの半生で得た教訓だった。
「あっれぇー?」
兵士のうちひとりが、ヘラヘラ笑いながら言う。
「あのテイコー、いくらなんでも痛がりすぎじゃね? そんな力いれてねえよぉ?」
「お、そういえばたしかに」
別の兵士が目を見開いた。
「かなりダメージを負ってるな。おいテイコー。貴様、レベルはいくつだ」
「3。レベル……3だ」
一瞬だけ、みなが静まり。
「ぎゃははははははは!」
「え、嘘、マジかよ!」
「レベル3って!! 俺の娘より弱ェぞ!」
それはもう、耳障りな歓声だった。
以前のギルドよりもさらにひどい、下品な笑い声があたり一帯に響きわたる。
「く……!」
アリシアが再び憎々しげな視線を兵士らに向ける。
彼女だけは相変わらずだった。いくらルイスが惨めな目に遭っても、ずっとそばにいてくれる。ルイスに寄り添ってくれる。
「構わねえよ。アリシア、いこうぜ」
「で、でも……」
「いいんだ。俺は問題ない」
むしろ、このほうが助かる。
ルイスはたいしたことない――この悪評が広まれば、大統領に必要以上に警戒されなくて済む。この先の行動がだいぶ楽になる。
兵士たちはもう、ルイスのレベルを知って満腹になったらしい。変わらず大声で笑っているだけだ。ずらかるならいまである。
「すみません。あとで《完全回復、かけますからね……!》」
「はっ、だからよ……。もったいねえだろ……」
「ダメです! ルイスさんは、もう少し自分を大事になさってください!」
そう言って涙目になるアリシアは、誇張でもなんでもなく、天使のように見えた。




