おっさん、嫉妬される
――ベルモ門。
サクセンドリア帝国とユーラス共和国を結ぶこの門は、最重要施設として最大の警備が施されている。
無機質な鉄の門は固く閉ざされており、どんな攻撃を受けても壊せそうにない。聞いた話によれば、魔法の効果により、本来以上の防御力を誇っているという。
門の左右では、何人もの兵士が視線を巡らせている。
また脇には砦のような施設もあり、高台でも兵士らが油断なき視線を張っている。
まさに絶対不可侵の施設だ。ならばこそ、神聖共和国党がいかようにして入国してきたかも気にかかるところである。
門を抜ければ長いトンネルをさんざん歩かされた挙げ句、ようやくユーラス共和国へたどりつくという作りだ。
普段は、一部の限られた者にしか立ち入ることのできない場所。
そこに、ルイスとアリシアは赴いていた。
目の前には、見上げんばかりの巨大な門。
後は、皇帝ソロモア直筆の許可証を兵士に見せるだけでいい。
そうすれば、ルイスたちは晴れて隣国への通行が可能となる。
「ルイスさん……とうとう、ですね……」
「ああ……そうだな」
さすがのアリシアも軽口を叩く余裕はないようで、ルイスの手をぎゅうと握ってくる。
――ソロモアとの謁見から次の日。
早めに就寝を済ませたルイスたちは、朝早くに起床し、ベルモ門に出向いていた。というより、眠れるような気分ではなかったと言ったほうが正解か。
空はどんよりと分厚い雲に覆われている。なんだかこの先の未来を暗示しているように思えてならない。
「……行くのですね」
背後から声をかけられた。
サクヤ・ブラクネス――ここまでルイスたちを案内してくれた女兵士だ。
灰色の軍服を身にまとい、腰に下げている細剣は、ボーイッシュな彼女にとても似合っている。青みがかった短髪もまた、彼女自身の内面を表しているように見えた。
ルイスは小さく首肯すると、微笑を投げかけた。
「ああ。助かったよ。案内ありがとな」
「いえ……それはいいんですが……」
視線をさまよわせ、なにか言いたそうにしているサクヤ。
「…………」
彼女の沈黙を、ルイスはなんとなく悟った。
――ヒュース・ブラクネス。
すなわち、サクヤの父親が、襲撃事件の首謀者だったこと。
サクヤ自身もしばらく正規軍に拘束されていたようだが、無実が証明されたか、早くも職場に復帰しているらしい。
そう。
首謀者はサクヤの父だったのに、サクヤ自身はなにも知らない。
あまつさえ先日は父の手で殺されかけたのだ。その心労は察するに余りある。
「私は……最後まで父の思惑に気づけなかった。本当に情けない限りです。身近なところに危険人物がいたのに放っておいたなんて……軍人として、失格だと思います……」
「そうか……そんなふうに悩んできたんだな……」
まあ、無理もない。
自分の身内が国家転覆を企んでいたなんて、それこそ現実離れしている。
ルイスはそっとサクヤの頭に手を乗せた。
「あ……」
「俺からひとつだけ言えるのは、ヒュースは馬鹿正直な人間だったってことだ。俺も、あいつとはそこそこ長いんでね」
それでも、ルイスだってヒュースの陰謀に気づけなかった。
実に巧妙にカモフラージュされていたと思う。
わからないのも無理はない。
「あいつは、ロアヌ・ヴァニタスにやられる最後まで、ある意味で真っ直ぐだったよ。ユーラス共和国への忠誠心を、ずっと守りきってたとも言える」
「…………」
「だからこそ、見ていきたいんだ。あの国にはなにがあるのか。なにがヒュースをあそこまで駆り立てたのか……。帰ってきたら、おまえにも事の顛末を話してやる。だからそれまで滅入るんじゃねえぞ。実力はあるんだしよ」
「はい……」
ルイスの手の下で、サクヤは両目を覆っていた。男性顔負けの強さを誇るサクヤだが、彼女だって人間だ。辛いときは辛い。
「本当に、ありがとうございます……。初めて会ったときから、ルイスさんには助けてもらってばかりですね……」
「はは。気にすんじゃねえよ。こんなくたびれたおっさん相手によ」
「そ、そんなことありません! ルイスさんは、えっと、その……」
急にしどろもどろになる。
ここでなにかを察したのか、アリシアが
「さ、行きましょう」
と急にルイスの手を引いた。
「私たちにもあまり余裕はないんですよ? ルイスさんが、陛下からの支援金を断っちゃうんですから」
「し、仕方ねえだろうよ。帝都だって復興に金がかかるんだ。俺たちのワガママで迷惑かけられんだろ」
「はあ……。まあ、そういうところがルイスさんらしいというか……まあ、いいですけど」
呆れたような、それでいて嬉しそうに笑うアリシアだった。
「そんじゃな、サクヤ。行ってくるぞ」
「はい! どうか、ご無事で――!」
そのようにして、ルイスたちの新たな旅路が幕を開けた。




