おっさんの駆け引き
「なにを……」
皇帝ソロモアは大きく目を見開いた。
さっきまでお調子者のようにヘラヘラ笑いを浮かべていた表情が、一転、憎々しげに歪められている。
「大臣。神聖共和国党の構成員は、間違いなく、ユーラス共和国の出身だろう?」
「ええ。裏は取れております」
「そうか……。残念であるな……」
ソロモアは深く息をつくと、頬杖をつき、思案に耽る。
ルイスも皇帝とまったく同じ思いを抱いていた。
神聖共和国党のテロ行為が、果たして大統領の陰謀によるものなのか……
そこまでは現時点ではわからない。
だが、連中は間違いなくユーラス共和国の国民なのだ。
その国民がサクセンドリア帝国の中枢都市を二度にわたって襲撃した。
細かいことはさておいて、ここは少なくとも謝罪するのが当然の筋ではないのか。なぜそれすらもせず、知らぬ存ぜぬを主張するのか。しかも一切の処分をこちらに一任するとは……
完全に舐めきっているとしか思えない。
「お父様……」
プリミラ皇女が不安げな目線を皇帝に送った。
「娘よ。余は帝王だ。帝国を守る義務がある」
「存じ上げております……」
「ユーラス共和国の蛮行は今回だけに留まらぬ。もし、かの国がこれ以上我が国を傷つけるのであれば……力でもって、決着をつけねばなるまいか……」
「…………!!」
ルイスの隣で、アリシアがびくりと震えた。
「せ、戦争って、ことですか……」
「あ、いやいや」
一転してにこやかに微笑むソロモア。
「むろん、それは最終手段に過ぎない。戦争など、私が知る限り最も愚かな選択肢だよ」
その表情を見てルイスはほっとする。
ソロモアは賢明な男だ。
きっと短絡的な決断はしない。最後の最後まで、平和で安全な手段を模索してくれるはずだ。
「で、ですが……」
皇女プリミラが不安げな声を発する。
「我が国が今までのようにだんまりを決め込んでいては、絶対に相手はつけあがります。だからこそ、今回のような襲撃事件が起きたのかもしれません」
「ふむ。そうだな……。こちらとしても、なんらかの形で抗議をしておきたいところだ」
「――だからこそ、私がいるのではありませんか?」
皇族へ向けて、ルイスはそんな一言を発した。二人の視線を確認すると、ルイスはひざまづいた姿勢を崩さぬまま、続けて言う。
「私が出向けば、きっとユーラス共和国は色々と勘ぐるでしょう。私が神聖共和国党を撃退したのだと知れば、きっとそれなりのプレッシャーを感じるはず」
「ほう……?」
皇帝ソロモアが目を輝かせた。
「なるほど。たしかにそれならば、無言の圧を与えることができような」
「ええ。しばしの間、相手国を戸惑わせることはできるはずです。強行的な手段に出るわけでもないですから、戦争の引き金にもならないでしょうしね」
「そなた……そこまでして、ユーラス共和国に踏み入りたいのかね」
「ええ。神聖共和国党のテロ行為には、必ず裏があります。それを突き止めない限り……次なる事件が起きてもおかしくありません」
「ルイスさん……」
皇女プリミラが両手を組み合わせ、ルイスを見つめる。
「覚えていらっしゃいますか? 二千年前、かの勇者エルガーが、どんな時に力に目覚めたかということを」
「……ええ。もちろんですとも」
当然、覚えている。
勇者エルガーはいまでこそ神格化された伝説の存在だが、元はといえば、しがない青年でしかなかった。どこにでもいる普通の男で、それこそ剣を握ることさえできなかったと。
それが《勇者》とまで呼ばれるようになったのは、ある日を境に、急にすさまじい力に目覚めたからである。
数々の文献によれば、世界に危機が訪れたために、勇者本来の力が目覚めた――ということらしい。
「世界の危機……。なかなか現実味がなかったんですが、いまのお話を聞いてると、まんざら夢物語でもなさそうですな」
「はい。……こう言ってはなんですが、神聖共和国党のテロ行為は、単なる序奏でしかない気がしてなりません……」
「…………」
それはルイスも薄々感づいていた。
帝都の壊滅を狙い、前代魔王をも召還した、リーダーのヒュース・ブラクネス。
彼でさえ、事件の全容をほとんど喋れなかった。
隠しているだけの可能性もあるが、拘束してから一週間、なんの情報も吐き出せてない上に、ユーラス共和国はヒュースらを見捨てた。
しょせん、ヒュースらも傀儡に過ぎなかったのかもしれない。
「よかろう……」
ルイスがそこまで思案していたとき、ふいに皇帝ソロモアが言った。
「そこまで言うのであれば、共和国への入国を許可致す。そなたの熱量、痛み入ったぞ」
「い、いいのですか……?」
「うむ。余もそなたに賭けてみたくなったのだよ。英雄殿」
「いえ……。私はまだ未熟者ですから」
恐縮するルイスだった。




