感情を捨て、プライドを捨て。
戦場を離れる前に、ルイスは一言だけでも報告することにした。
いくら最弱たる《不動のE》だからといって、勝手に戦線を動くのはまずい――そう判断したからだ。
だからルイスは、いったん後方で休息を取っている兵士に話しかけた。さきほどルイスたちを小馬鹿にした兵士と同一人物だ。
「なに? 魔獣が不審な動きを見せているだぁ?」
壁にもたれかかっていた兵士が、素っ頓狂な声をあげる。
「ああ。弱った奴らはみな井戸に逃げ込んでいる。おまえたちも見てるだろう?」
「だからどうした。井戸のなかはどうせ行き止まりだ。いまは新しい侵入者を止めるのが最善だろうよ」
兵士は明らかな嘲笑の声をあげた。
「おまえ、それしきもわからないのか。だからいつまで経ってもEのままなんだよ。しかもなんだ、もうすぐ追放されるんだってな。ぷぷっ」
さすがにイラっとしたが、ぐっと飲み込む。
「……だが、あの井戸には王城への《緊急通路》が隠されている可能性があってだな、それで……」
「あーやかましい。《緊急通路》だぁ? 聞いたことねえよそんな話。妄想言ってんじゃねえ」
「妄想じゃない。念のため、確認しにいったほうが……」
「わかったわかった。ゴブリン一体倒すだけでもう疲れたんだろ? 帰りたいんだろ? だったら素直にそう言えよ」
「…………」
もうなにを言っても無駄だ、とルイスは思った。
「いいさ。おまえらがいなくなっても何も困らない。離れたきゃそうしろよ」
――忘れろ、忘れろ。
現実を直視しても良いことなんかない。
感情を捨て、プライドを捨て、平然と振る舞うのだ。いままでそうしてきたように。
ルイスは懸命にストレスを頭から追い出すと、
「ああ……そうしよう」
とかすれ声を発し、身を翻した。
「ルイスさん……」
数歩進んだ先でアリシアが待っていた。八の字型に眉を垂らし、唇を尖らせている。
「はっ。まさか見てたのか?」
「……はい。その、なんというか……」
「気にするな。俺の人生はずっとこうだった。いまさらなんとも思わねえよ。――さ、行くとしようぜ」
「は、はい……」
そそくさと歩き出すルイスの後を、アリシアは心配そうについていった。
だが数分後、ルイスは知ることになる。
――自身の予想が、綺麗ぴったり的中していたことを。