おっさん、新たに心を入れ替える
帝都襲撃から一週間後。
カーフェイ家に、ある一通の手紙が届いた。
紺色を貴重とした封筒。
中央部分には、サクセンドリア帝国の象徴たる紋様が描かれている。猛々しい男の横顔――いつ、いかなる時も人は強くあれ――そんな意味を込められた、金の刻印だ。
「ついにきたか……」
その手紙を見た瞬間、ルイスの脳裏に皇女プリミラの顔が浮かんだ。
深く考えずともわかる。
皇帝からの手紙だろう。王直々に、先日の帝都襲撃に関する謝礼をする……
その日がとうとう来たのだ。
そして同日に、ルイスはユーラス共和国への訪問を申請する予定である。かの国へ行くためには、王への許可が必要なのだ。
かなり面倒だが、互いに不仲が続いている以上、皇帝が慎重になるのは致し方ないところである。
ルイスは居間へおもむき、やや緊張しながら封筒を開けた。
「…………」
手紙の文面を黙読し、ルイスはふうと息をついた。
やはり内容は謝礼の件だ。
三日後、王城へ来るようにと書いてある。リッド村から帝都まではそこそこ距離があるため、気を利かせて日を開けてくれたのだろう。実際には、アリシアの転移魔法で飛べばいいだけだが。
「とうとう届きおったか……」
そう言いながら居間に入ってきたのは、アルトリア・カーフェイだ。神妙な面持ちで、ルイスの隣に座る。
「やはり行くのか? ユーラス共和国へ」
「ああ。あの事件は必ず裏がある。ぼけっとしていたら、今度はなにが起きるかわかんねえからな」
「そうか……ワシも協力したいところではあるが……」
そう言いながら息をつくアルトリア。
「気にするなって。あんたには家庭も仕事もあるだろ?」
「うむ。申し訳ないが、今回ばかりは力になれそうもない」
それは致し方ないことだろう。
アルトリアがいなくなれば、きっと村周辺の人々が困る。そしてまた、フレミアやリュウたちも路頭に迷うことになる。
いつまでも彼やフレミアに頼るわけにはいかない。
だからルイスは決めたのだ。
ユーラス共和国へは、自分とアリシアだけで行くと。
「大丈夫さ。絶対に無事に帰る。だから安心して待っててくれ」
「ほぉ……」
アルトリアは目を瞬かせると、ワハハと豪快に笑い出した。
「こりゃ驚いたわい。ちょっと前まではあんなに暗い顔しておった男が……ずいぶん変わったもんじゃの」
「いてっ!」
愉快そうにバンバン背中を叩いてくる。たぶんかなり力を込めているんだろう。割と痛い。
「そうじゃな。いまのおぬしなら任せてもよさそうじゃ。生きて帰ってくるんじゃぞ。約束だ」
「ああ……」
二人して頷きあい、がつんと拳をぶつけ合うのだった。
アルトリア・カーフェイ。
普段こそおちゃらけている老人だが、彼がいたからこそ、ルイスは変わることができた。
人の暖かさ、温もり。
いままでルイスが知り得なかったものを、的確に教えてくれたから。自分の身を犠牲にしてでも、ルイスを《家族》と認めてくれたから。
感謝してもしきれない。
カーフェイ家には本当に世話になった。
「あらあら、すっかり仲良しですね」
「おお。おまえさんも起きたか……」
フレミア・カーフェイがニコニコ顔で居間に入ってくる。早く起きて朝食を作ってくれていたようだ。両手にサラダの盛られた皿を持っている。
……相も変わらず、戦場で斧をぶん回していた女には見えない。
フレミアは皿をコトンとテーブルに置くと、笑顔はそのままに、両手を重ね合わせて言った。
「直接のお手伝いはできませんが……私はいつもあなたたちを想っています。もしルイスさんたちが窮地に陥ったときは、即座に助けに行くことを保証しましょう」
「はは。ありがとうございます……」
正直、かなりありがたい話だ。
ユーラス共和国では、ルイスたち《帝国人》はかなり嫌われている。危険な目に遭うことは想像に難くない。アルトリアやフレミアが味方してくれるのであれば、この上なく頼りになるだろう。
「お二人とも……短い間でしたが、本当に、ありがとうございました」
改めて頭を下げたルイスに、夫婦はニコニコ笑って頷いた。




