おっさん、ピクニックへ行く5
フレミアの指導は的確そのものだった。
ロンの癖を瞬時に見抜くや、段階的に、無理のないところから指導を開始する。傍目にも、ロンが少しずつでも強くなっていることがわかる。最初はフレミアの斧をかわすだけで精一杯だったのが、ちょっとずつ反撃を繰り出すことができるようになってきている。まだかなりぎこちないが。
……まあ、たぶんこれもフレミアが絶妙に手を抜いているからだと思う。彼女がアルトリアと同格の強さを誇るならば、ロン程度の相手くらい、徹底的になぶることができるだろう。
彼女がうまく手加減することで、ロンも目に見えて成長してきているわけだ。
「なあ、アリシア」
自分の隣で観戦しているアリシアに問いかける。
「フレミアさん、本当に何者なんだ……? そういえば俺、あの人のことなんも知らないぞ」
「それが……私もなんです」
卵をぎゅっと抱えつつ、アリシアも切なげに首をかしげる。
「お母さんもお父さんも、自分の過去をあまり話さない人ですから……。私もそんなには知らないんです……」
「そうか……」
言いながら息を吐く。
そういえば。
いまでこそフレミアの料理はかなりの美味だが、昔はからきし駄目だったという。
アルトリアと結婚してから必死に修行したというが、改めて、以前はどんな人だったのだろうか……
「ぎゃあああああああっ!!」
ロンの悲鳴が大きく響きわたる。
どうやら斧をまともに喰らってしまったようだ。右腕がいい感じに抉れている。ありゃ痛いだろう。腕をおさえてうずくまっている。
「アリシア。頼む」
「はい……!」
アリシアはこちらに卵を預けると、新米冒険者のもとへ駆けていった。
彼の痛みを察してか、無駄な詠唱をやらないあたり彼女も成長したか。
シュウウウ……
という乾いた音とともに、アリシアの両手からほのかな輝きが発せられ。
無数の光の粒子が、新米冒険者の腕を包み込んだ。
ほどなくして、ロンの傷口は完全に塞がった。
「えっ……!?」
ロンが目をぱちくりさせ、自身の腕を凝視した。
「う、嘘、なにが……!?」
「言ったじゃないですか。怪我は私が治しますって」
「で、でででも、ざっくり腕が斬れてたんですよ!? 帝都の最高回復術士でも、こうはいかないです……!」
「愚か者めが。なにを驚いておる」
フレミアが圧倒的なる声音で言い放った。
「そこの女は私の娘。ならば死人のひとりやふたり、生き返らせてもなんら不思議はなかろう」
「なるほど! そうですね! フレミアさんの娘さんなら蘇生魔法くらいできそうですね! って、え!?」
ロンがぎょっとアリシアを見やる。
「あなたが娘さんってことは……えっと、フレミアさんは……」
――いや、驚く所そっちかよ。
ルイスが心中で突っ込みを入れる。
さすがのアリシアも苦笑いを浮かべていた。
「あはは……。はい。お察知の通り、この人は私のお母さんです」
「そんな……嘘だ……。僕はいつまで振られ続けなきゃいけないんだ……」
訳のわからないことをブツブツ呟いてから、意を決したかのようにキリッとフレミアを見やった。
「いや、僕はもう立ち止まっていられない! この切なる思いを打ち消すためにも、フレミアさん、僕はあなたに勝ァつ!」
「…………? よくわからんが、一端な目をするようになったじゃないか。よし、では思う存分にかかってくるがいい!」
「望むところだァ!」
数秒後、またも腕をざっくり切り裂かれ、泣き叫ぶロンの姿があった。
★
――夕暮れ。
周囲はすっかりオレンジの輝きに包まれていた。地平線に沈みかける夕日が、最後の抵抗とでも言うように、弱々しい光を放ち続けている。
ルイスたちのいる森も、いつしか暗くなりかけていた。
そろそろ帰らないといけないだろう。
「はぁ……はぁ……」
ロンは大の字になって地面に仰向けていた。額では大量の汗が光っており、荒い呼吸を繰り返している。
文字通り、もう動けないようだ。
「どうした? そんなものか、ロンよ」
そんな新米冒険者に、フレミアが容赦なく歩み寄っていく。
「いえ。まだ修行していたいですが……フレミアさん、もうお時間ではありませんか……?」
「ふむ。時間……?」
そこで改めて、フレミアは空を見上げた。
「そうか……。いまの私には……家族が……」
呟きながら、すっと瞳を閉じ、ぶるっと身を震わせた。
――まるで、過去の自分を清算しているかのように。
そして数秒後には、見覚えのある、母性的な笑顔を浮かべた。
「……では、今日はこれでお終いですね。ロンさん、本当にお疲れ様でした」
「…………はは。ほんと、別人みたいですね……」
苦笑するロンに、ルイスもまったく同様の感想を抱いていた。
普段は天使顔負けの包容力を持ち、ずっと他人を気遣っているようなフレミアだが、ひとたび武器を持てば一転して悪魔に変わる。
どちらが本当の彼女なのかはわからない。
でもたぶん――そちらの人格こそが、正規軍として活躍していた頃の彼女なのだろう。慈悲もなく敵を蹂躙していくさまは、アルトリアとはまた別種の恐ろしさがある。
そんな悪魔が、美味な料理を振る舞う姿は――たしかに想像できない。
「……フレミアさん」
だからルイスは聞かずにはいられなかった。
「改めて気になります。あなたに、いったい、どんな過去があったのか」
「ふふ……。そうですか」
フレミアはこの質問を予期していたのだろうか。微笑みながら答える。
「すみませんが、夫の許可がなければ話すことはできません。後日、また機会があればお話ししますよ。……ですが、ひとつだけ言えるのは――」
ルイスとアリシアを見渡してから、再びにっこりと笑う。
「あなたたちは前途有望だと言うことです。もう戻ることのできない私たちとは違って……」
「え……」
「さ。もう夕飯のお時間です。ロンさんも、よろしければご飯食べていきますか?」
「へっ!? いいんですか!?」
「ええ。ここで会ったのもなにかの縁。またいつでもリッド村へいらしてくださいね?」
「ありがとうございます!!」
ロンは嘘のように元気になった。びょーんと跳ね上がり、フレミアに連れられてリッド村への道程を歩んでいく。
「…………」
後には、ルイスとアリシアだけが残された。
「ルイスさん……なんだか、はぐらかされましたね……」
「ああ。まだ話したくないんだろうな、たぶん」
「……すみません。私も全然わからなくて……。お父さんもお母さんも、過去のことはなにも喋ってくれなかったんです」
「そうか……」
娘に話したくない過去ということか。
まあ、その気持ちはルイスにも少なからずわかる。
自分の半生だって、泥沼のようなものだった。誰かに話しても面白くないし、喋ろうとも思わない。
「さ、俺たちも帰ろうぜ。食材はおまえが持ってるんだからな」
「あ、そうでしたね」
そうして、ルイスたちも手を取り合いながら帰途に着くのだった。
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