おっさん、ピクニックへ行く3
――と、修行をつけようとするところまでは良かったのだが。
「ギャッ!?」
「ウガァ!!」
次々と倒れていく魔獣の群れに、ルイスは思わず嘆息した。剣を振るうまでもない。《無条件勝利》を発動した瞬間、その名の通り問答無用で魔獣たちが死んでいく。
さっきまでは十体いたはずの魔獣どもが、ものの一秒で全滅した。
「……へ?」
隣で剣を抜こうとしていたロンが、ルイスと魔獣の死体とを交互に見やった。
「え……ルイスさん、いま、なにかやったんですか?」
「いや……まあ、やったといえばやったが……」
ボリボリと後頭部をかくルイス。
――レムルス公園にほど近い、名もなき森林。
そこでルイスたちはロンに稽古をつけることにした。
《霧の大森林》と比べれば、この森は随分と小さい。木々もあちらと比べれば背丈がない。出現する魔獣もそれほど強くないし、いわゆる安全な修行場所だと見当をつけたのだが……
背後で、アリシアもやれやれと言った風に肩を竦めた。
「ルイスさん……もしかして、強くなりすぎたのかもしれませんね……」
「ったく……タイミングが悪いっつうかなんつうか……」
神聖共和国党や、前代魔王ロアヌ・ヴァニタスとの戦いを経て、スキルの熟練度が上がったらしい。以前まではゴブリン程度しか瞬殺できなかっったが、いまはさらに数段強い相手に対しても、文字通り《無条件勝利》できるようになっている。
そう。それ自体は吉報なのだが……
「……悪いロン。やっぱり、修行は無理かもしれねえ」
「ええっ!?」
ぎょっと目を見開くロン。
「……でも、頼んでるのは僕のほうですし……本当に無理なら引き下がります……すみません……」
「いやいや待て。なんとか方法を考えるさ」
言いながら、腕を組み、ウンウン唸るルイス。
残念なことに、過去読み漁った文献も、こういうことには役に立たない。クソったれめ……!
こうして共闘することで、ロンにも一応経験値は溜まっているはずだ。だからこのまま《無条件勝利》をやり続ければロンのレベルは上がるのだが……それでは本人が納得しない。
なにか良い方法はないものか……
「あ、いましたよ! ゴブリンです!」
ロンが黄色い声をあげる。
視線をそちらに向けると、茂みのなかに、たしかに小さな亜人が立っていた。野草を食べていたところらしい。
「ギ……?」
ゴブリンもこちらに気づいたのか、食事を中断し、警戒心を露わにする。
――が。
「ピギ……?」
ゴブリンの視線が、ひたと、アリシアの抱える卵に据えられる。
ゴオオオオオオ……!
相も変わらず邪悪な波動を発し続ける卵に、ゴブリンは魔獣の本能でなにかを感じたのだろうか。これ以上ないくらいに目を剥くと、
「ピギャー!!」
呆気なく逃げ出した。
「おいコラ! なにしてくれてんだよ!」
思わず卵をぽかりと小突くルイス。
「ゴブリンはすんげぇ臆病なんだ! んなことやったら逃げるに決まってるだろが!」
「…………」
しかし、こういうときに限って無視を決め込むロアヌ・ヴァニタス(の卵)。
――こいつ、絶対遊んでやがるな……!
「あ、あはは……」
さすがのアリシアも苦笑いを浮かべている。
「あ、あなたたち、本当は何者なんですか……?」
またも戦闘できなかったロンが、がっくりうなだれて言う。
だってしょうがないではないか、俺たちが強すぎるんだから――とは痛々しくて言えない。
クソったれめ。
こうなったら仕方ない。
アリシアの空間転移を用いて、もっと強い魔獣のいる場所へ移動するのが手っ取り早いだろう。ロンには少々危険だが、《無条件勝利》で一撃勝利さえできれば問題ない。
そうしてルイスがアリシアに向き直った、そのとき――
「あら、あなたたち、ピクニックに行ってたんじゃありませんか?」
フレミア・カーフェイが、きょとんとした顔でこちらに歩み寄ってきていた。いつものごとく、母性の塊のような笑顔を浮かべている。相変わらず、見ているだけで安心する人だ。
いや。待てよ。これは好機じゃないか?
「あ……」
ロンがこぼれるような声を発した。じぃとフレミアに見入ったまま、だらしなくぽかんと口を開けている。
「き、綺麗だ……。しかも大きい……」
「おい。どうしたよ」
「はっ! なんでもありません!」
ぶんぶん首を振るロン。顔がかなり紅潮しているところを見ると、こいつまさか……
――いや、いまはそれよりも大事なことがある。
ルイスはこほんと咳払いをかますと、改めてフレミアを見やった。
「フレミアさん。どうしてこんなところに?」
「たいした用事ではありませんよ。ちょっと食材を調達しに来ただけです」
笑顔で頷きながら、フレミアは後方を手差しした。そこには、見るも無惨にぶっ殺された魔獣の死体の山。
「そ、そうですか……」
引きつった笑みを浮かべるルイス。
帝都襲撃後にアリシアから聞いた話だが、フレミアは相当の実力者なのだという。
夫たるアルトリア・カーフェイにも匹敵するほど強いのだとか。
ルイスは実際に彼女の活躍を見ていないのだが、数日前は獅子奮迅のごとく敵を蹴散らしていったようだ。
ならば。
「フレミアさん。申し訳ないですが……いまから時間ありますか?」
「時間、ですか……?」
フレミアは困ったように頬に手を当てる。
「うーん、すみません。この食材、涼しいところに保管しないと腐ってしまいますから、いまはちょっと……」
「あ。それなら大丈夫。私が異空間で保存するから」
ナイスだアリシア。
古代魔法、本当に便利である。
フレミアは「あら、その手がありましたね」と言うと、小首を傾げた。
「そしたら夕飯までは時間がありますが……なにかご用でしょうか?」
「それがですな……」
ルイスはこれまでの経緯をフレミアに説明した。
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