おっさんの知識
数十分後。
ルイスとアリシアは、ゴブリンの死体を見下ろしながら、ぜえぜえと荒い呼吸を繰り返していた。
「終わった……のか……?」
「はい。そのようですね……」
長かった。
本当に長かった。
ルイスの体当たりと、アリシアの猪口才な魔法を何度も繰り返し、とうとうゴブリンは息絶えた。ちなみにトドめを刺したのはアリシアだ。ルイスは何度も身体を張ったにも関わらず、結局おいしいところを持って行かれた。
「ステータス……オープン……」
息も切れぎれに自身のステータスを確認する。戦闘の後、自身がどこかしら成長していないかを確認する――若い頃からの癖だ。
《 筋力……31
魔力……8
体力……27
敏捷度……12
備考……Bサ 》
――相変わらず弱ェなあ。成長してねえし。
思わず自嘲の笑みを浮かべてしまう。
戦闘後、わずかな期待を込めて毎回ステータスを見るが、ここ数年まったく数値が変わっていない。普通であれば、戦えば戦うほど強くなるはずなのに。
その代わりというべきか、備考の項目がいつも変わっている気がする。Bサとかよくわからないし、ルイスはこれを呪いだとさえ思っている。こんなよくわからないステータスのせいで、俺は成長できないのだと。
「どうだアリシア……おまえさんもちったあ強くなったかよ」
「いえ……全然です。なにも変わってません」
彼女も自身のステータスを確認しているのだろう。視界に浮かんでいるはずの数値を確認しながら言った。
いつも陽気な彼女だが、戦いが終わったあとはだいたい暗い。理由はルイスと同じだ。どんなに戦っても、まったく成長できないから。
努力して、練習して、それで強くなれる人はいい。人によって差はあれど、努力で強くなれるのもひとつの《才能》だ。
だけど、それでも上達できない俺たちはどうすればいいのか――
いや、もう辞めたはずだ。自分の非力さを悩むことなんて。
沈鬱な気分を振り払うかのように、ルイスは視線をずらした。
数メートル先では、兵士や冒険者たちが、魔獣たちと決死の戦いを繰り広げている。ルイスより若い兵士は大勢いるが、みなゴブリンなんかよりもずっと強い、たとえば骸骨剣士みたいな敵と戦っている。ルイスがそんなのと相対したら、たぶん一分も持たない。
再びネガティブになりそうになったが、ルイスはぶんぶん頭を振り、なにも考えないようにした。現実を見ても良いことなんかない。もっと楽しいことを考えねば。
そうして再び視線をずらしたとき、ルイスはふと気づいた。
「おい……なんだよありゃ」
戦線の脇には、いまは誰も使わなくなった井戸が設置されている。降りれば、ちょっとした迷路を歩かされた挙げ句、行き止まりに突き当たる。
子どもが悪ふざけで立ち入ることが多いため、たしか梯子は外されているはずだが、瀕死の魔獣たちが緊急避難先としてそちらに飛び込んでいるようだ。
「ああ……あれですか」
息切れが治まってきたらしく、アリシアは平然と言う。
「みんな余裕なさそうですからね。逃げた魔獣は放っておいて、あとでまとめて退治するんでしょう。どうせ行き止まりですし、隠れるところなんかないですし」
「…………」
そう。そうなのだ。あの井戸には何もない。だから現在はなんの使い道もない。
――普通の人はそう思っている。
だがルイスはどうしても違和感を拭えなかった。
たしか、むかし必死に文献を漁っていたとき、古びた書物にこんなことが書いてあった気がする。
――王都には太古より隠し通路が存在する。普段は強固な壁により閉ざされているが、ある呪文を唱えることで、王城への道が開く――
つまりは、万が一王城が襲われたとき、王族が逃げ出すための緊急通路が用意されているわけだ。
このことは大多数の住民が知らない。ルイスとて、その古い書物で初めて知ったのだ。
まあ、みなが知らないからこその《緊急通路》なのだが。
「…………」
妙な胸騒ぎがした。
いま、この場には位の高い戦士がいない。
あの井戸が王城に繋がっているかはわからないが、仮にそうだとしたら、この場に気づける者はいない……
上位者が別の依頼で王都を離れているなんて、あまりにタイミングが良すぎないだろうか。
「アリシア。いったんここを離れるぞ。王城へ向かう」
「え? ゴブリン狩りはいいんですか?」
「俺たちが戦線を離れてもなんの影響もねえよ。それよりも……確かめたいことがある。ついてこい」
「は、はい……!」