表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

69/194

おっさん、感謝されすぎて逃げたくなる

 いつの間にか、暖かな温風が帝都に舞い降りてきていた。


 ロアヌ・ヴァニタスを倒したことで、不吉な空の色も消え去っている。


 いつも通りの――いや、いつも以上に綺麗な満天の星空だ。心なしか、あちこちで煌めく星々が、ルイスたちを祝福しているかのように見えた。


 ――終わった……


 卵を落とさぬように細心の注意を払いつつ、ルイスはその場にどすんと座り込んだ。本来は地べたに座るなぞ言語道断だが、現在においてはその限りではあるまい。せめていまくらいはゆっくり身体を休めたい。


「はぁ……」


 アリシアも同じ気持ちだったのだろう、同じくその場に腰を下ろす。ややあって、とすん、という音とともに、ルイスの肩に頭を乗せてきた。


「終わりましたね……やっと……」


「ああ……。まだまだ、謎は残ってるけどな……」


 そうして二人で会話を交わしていると――


「ルイスさん! アリシアさん!」


 ふいに、大勢の人々がこちらに駆け寄ってきた。

 激闘の最中さなか、ルイスらを応援してくれた住民たちだ。かつての馬鹿にしたような態度が嘘のように、柔らかな目で見つめてくる。


「すごいです! お二人が、こんなに強かったなんて!」


「僕も誤解してました……。街を救ってくれて、ありがとうございます……!」


 そう言って深く頭を下げてくる。


「…………」


 思わずルイスは苦笑してしまう。

 助けてみたらこの体たらくである。現金な話だと言えばそれまでだ。


 だが――

 ルイスの心にはすこしも怒りが浮かんでいなかった。


 負の感情に囚われても良いことなんかない。

 それはいままでの半生でよくわかっていたから。

 頭ごなしに怒鳴られ、なにもかもを否定される者の気持ちが痛いほどにわかるから。


「……ああ。みんなが無事で安心したよ」


 ルイスは後頭部をかきながらそう言った。

 もちろん、彼らを心から許すことはまだできそうもない。そこまで聖人にはなれない。


 だとしても――相手を拒否するのではなく、こちらから心を開くことが大事だと思う。カーフェイ家の者がそうであったように。


「お、おれ、自分が情けないよ」


 ひとりの男がそう言った。たしか道中で助けた、元冒険者だ。


「ルイスさん……あんたのこと、前まで散々馬鹿にしてきたのに……。あんたはおれを助けてくれた。思い出したんだよ……。ああ、これが本当の冒険者の姿なんだなって……」


「…………」


「こんなことで許してもらえるとは思わないが……過去のおれの発言は、すべて取り消しさせてほしい。本当に申し訳なかった……」


「あ、えっと、だな……」


 なんだかむず痒くなってきた。

 大勢の人々にここまで感謝されるというシチュエーションは、当然のごとく一度も経験していない。


 人々から蔑まれるのが当たり前――そんな人生だったから。


「やめてくれ。これ以上感謝されても、背中が痒くなりそうだ」


「だ、だが……これだけじゃ、俺の気が……」


「いいっての。そんなに気になるなら、後でメシのひとつでも奢れ」


「お、おう……」


 だがその数秒後、ルイスは知ることになる。

 さらなる難関が、自身に降りかかることを。


「あ、やっぱりここだ!」


「ルイス! 探してたぞ!」


 戦場でたもとを分かった現役冒険者たちだ。みんなルイスたちを探していたようである。


 見れば、集団のなかにはライアンやバハートもいる。どうやら無事に戦いを終えたようだ。それ事態は吉報なのだが――


 みんな、ルイスとアリシアを発見するなり、ドカドカとこちらに走ってくる。


「おい、アリシア」


「なんです?」


「逃げようぜ。また背中が痒くなりそうだ」


「逃げるって、そんな体力、残ってないじゃないですか」


「くっ……! ならば《無条件勝利》で……!」


「ふふふ。たまには素直に感謝されてくださいよ。それだけのことはしたんですし」


 ……簡単に言ってくれる。

 けっこう恥ずかしいんだぞ、これ。


「ルイスさん!」

「どうも先日は!」

「申し訳ございませんでした!」


 案の定、冒険者たちはルイスたちを囲い込むや、いっせいに頭を下げてきた。


 ……いや、うん。

 たしかに死ぬほど辛い目に遭わされてきたのは事実だけども、こう一気に来られるとちょっと……


 なんか吐き気がしてきた。


「どうだ、ルイス」

 ギルドマスターのライアンが、一歩前に出て言う。

「あんたはすげぇ功績を残してくれた。どうだ、Sランクの冒険者として活躍してみるってのは」


「……いや、いいっての。俺はもう冒険者に戻る気はない」


「そうか……。それは残念……」


「でも、そしたらこれからどうするんですか?」

 アリシアがルイスの手を握りながら言う。

「私はずっとルイスさんに家にいてもらってもいいですけど……。でも、前に言ってましたよね? 《次の道を見つけるまで》って……」


「ああ。それなんだがな」

 こほんと咳払いをして、ルイスは一同に言った。

「プレミラ皇女に掛け合って、ユーラス共和国に行ってみようと思う。危険だとは思うが、表向きは友好的な関係を築いているからな」


 しん、と一同が静まり返った。


 数秒後、最初に口を開いたのはバハートだった。


「ユーラス共和国……。一連の事件の裏を見るってことか」


「そうだな……。少なくとも、連中がなにか企んでることは間違いない」


「し、しかしな、ルイス……さん」

 バハートが気遣わしげな瞳を向けてくる。

「あいつら、俺ら帝国人への差別がすげぇぞ? 皇女様に頼めば入国はできるだろうが……あんた、また……」


「ああ。そうだな……」


 帝国人への偏見が強い――


 神聖共和国党しんせいきょうわこくとうの者どもを見れば、それは明らかだろう。表向きは友好的な関係であっても、根深い部分では帝国への反感が高いことは想像に難くない。


 言われるまでもなく、向こうでも迫害されることになるだろう。昔と同じように。


 黙り込む一同へ、アリシアが苦笑しながら言った。


「それでも行くのがルイスさんですから……。このままなにもしないなんて、私も嫌ですし」


「はぁ……。あんたらにゃもう、適わねぇな……」


 バハートも小さく笑って肩を竦めた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
画像のクリックで作品紹介ページへ飛べます。 さらに熱く、感動できるような作品にブラッシュアップしておりますので、ぜひお求めくださいませ! 必ず損はさせません! i000000
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ