おっさん、魔王の卵を得る。
「こ、こりゃあ、いったい……」
目をぱちぱちさせながら、ルイスは自身の手に乗っかったそれを見下ろす。
「卵ですよね……どう見ても……」
「だよな……」
かなりでかい気がするが、見た目は確かに卵だ。あのロアヌ・ヴァニタスのように、漆黒のオーラが薄く漂っているように見えるのは気のせいか。
「ルイスさん……いつの間に魔王を口説いてたんですか……?」
「んなわけねえだろ……」
そもそも、《魔獣使い》という存在そのものが現代ではごくごく稀少である。
かの勇者エルガーが活躍していた時代ではそれこそ多くの《魔獣使い》がいたようだが、いまは見る影もない。魔獣はただ、恐ろしい敵としてのみ認識されているからだ。
神聖共和国党が、なかば奴隷のように魔獣を扱っていたのはそのためである。人間と魔獣は分かり合うことができない、だから無理やり使役させるしかない――そんな観念が広がっているのだ。
「てか、やばすぎるだろ。魔王の卵だぞ、おい」
「そうですね……魔王の卵ですね……」
これはなんだ。
生まれて初めて見た者を《親》と認識してくれるならいいが、そうでなかったらやばすぎるぞ。なにしろ魔王である。
「おい、ぶっ壊しちまうか」
「え! 異議あり!」
アリシアが演技がかった仕草で手を挙げた。
「たしかに危険ですけど、もし魔王が味方になったら頼もしいじゃないですか! しばらくは様子見でいきましょうよ」
「し、しかしなぁ……」
そんなうまい話があるものか。
「もし仮に手がつけられなかったら、私かルイスさんが退治すればいいんです! 生まれたてなら、そんなに脅威じゃないはずですし!」
「ううむ……」
まあ、たしかに一理ある。
今回は無事に勝利できたから良いが、次にもっと恐ろしい敵が現れるとも限らない。これはルイスの勘だが、この一連の事件、必ず裏がある。解決していない謎が多すぎるのだ。
もし――
もし本当に、ヒュースがなにも知らないのであれば。
この事件の首謀者はとてつもなく強大な相手だ。なにしろ、帝国随一の戦闘員を、襲撃のタイミングに合わせて不在にさせたのだから。
Sランクの冒険者――レスト・ネスレイアもかなりの手練れだが、そんな連中をも振り回す相手……
いまのルイスには想像もつかない。
それを踏まえれば、たしかに戦力は欲しいところではある。魔王が味方なんて、それこそ聞いたことないが。
「はぁ。……そうだな。しばらくは様子を見よう」
「やった!」
アリシアが大仰に飛び跳ねる。疲れはどこにいった。
「んー、たしかロアヌ・ヴァニタスっていう名前でしたよね。長いから、ヌヴちゃんとかどうでしょう」
ぞわわわわ、と卵から漆黒の波動が発せられた。
「……おい、なんか嫌がってるように見えるが」
しかもヌヴちゃんって。
どんなセンスをしているのか。
「素直に《ロア》でいいだろ、めんどくせぇ」
今度は卵は動かなかった。
異議なし、ということか。
「えー、じゃあ二タァちゃん!」
ぞわわわわ。
「じゃあスマタンちゃん!」
ぞわわわわ。
「いい加減諦めろよ……」
ひとり額をおさえるルイスだった。




