決戦4
「ば、ばばばばばっ、馬鹿なぁっ!」
ヒュース・ブラクネスがぎょろりと目を剥く。
前代魔王を召還したことで、すっかり勝った気分になっていたのだろう。さっきまで偉そうに腕を組んでいたのが、一転して青白い表情である。
ヒュースはルイスを指差すと、大声でまくし立てた。
「あ、ありえん! 古代魔獣を大量に召還したんだぞ! この上ロアヌ・ヴァニタスまで呼び出したというのに……! こ、これは罠だ! 絶対におかしい!」
「この後に及んで……なにを言ってやがるんだテメェはよ……!」
ルイスが凄むと、ヒュースはヒィと言って尻餅をついた。
現在、ルイスとアリシアは満身創痍であり、対してヒュースはほぼ無傷だ。
このまま戦えばおそらくヒュースに軍配が上がるだろうが、よほどショックを受けたのか、彼はそこまで考える余裕もないらしい。
尻餅をついたまま後退する姿は、本当に情けない。
ルイスはさらなる追い打ちをかけるべく、ヒュースへ向けて一歩踏み出した。
「さ、話してもらおうか。事の顛末すべてをな」
「…………ぐぅ、うううう!」
「このまま楽に死ねると思うなよ? てめぇには死より重いモノを背負ってもらわないとな」
「ぬぬぬぬぬ!」
現時点で、不明な点は山ほどある。
神聖共和国党のそもそもの目的。
ユーラス共和国が帝国を吸収するつもりだとしても、なぜこのような手段に走ったのか。
それだけではない。
先日の帝都襲撃において、魔獣どもは隠し通路の存在を知っていた。
加えて、普通は帝都に在住しているはずの《強い戦闘員》も、あのときはいなかった。あれはあまりにタイミングが良すぎだと今でも思う。
「し、知らない! 私はなにも知らないんだ! 頼む! 信じてくれ!」
「いまさらなにを……!」
ふいに会話に割り込んでくる者がいた。
アリシア・カーフェイ――ルイスの相棒である。
彼女は辛そうに片腕をおさえながら、よろよろとヒュースに歩み寄る。
「あなたのせいで……何人の人々が苦しんできたと思うんですか……! リュウくんや、集落の人たちだって……!」
「うう、うううううう……!」
困り果てたのか、ヒュースは尻餅をついた姿勢で手足をじたばたさせる。
――もうこいつも駄目か……
ルイスはふうとため息をついた。
いますべてを聞き出さなくともよい。とりあえずは拘束して、あとは正規軍の連中に聴取でもしてもらおう。こいつにはすべてのあらましを洗いざらい話してもらわねば困る。
そうしてヒュースに手をかけようとした、そのとき――
「オオオオオオ……!」
ふいにおぞましい呻き声が聞こえ、ルイスは身を竦ませた。
慌てて振り向くと、ルイスはそこに信じられぬものを見た。
「そ、そんな……!?」
アリシアも悲痛な叫びを発する。
前代魔王、ロアヌ・ヴァニタス――
ルイスの猛攻を受け、満身創痍になりながらも、奴はそこに立っていた。紅く濁った瞳でこちらを睨んでいる。
「ま、マジかよ……!」
たしか、さっき《無条件勝利》で完全に殺したはず。奴が無言で倒れるさまを、ルイスはたしかに見た。それでもなお立ち上がるとは――魔王の名は伊達ではないということか。
「お、おおお! おまえがいたではないか! ロアヌ・ヴァニタス!」
ヒュースが一転して頬をつり上げる。
「さあ! まだ戦いは終わっていない! 前代魔王の名において、こやつらを滅するのだ!」
「……コトワル」
「へ……?」
ヒュースがぱちくりと目を見開く。
「ワレラは……キサマらのツカイマではない……! イママデ……サンザン、コキツカイオッテ……!」
なんと。
魔王や古代魔獣などの知能が高いことは知っていたが、まさか人語を喋るとは。
「な、なにを言うのだ! 貴様らは我らの奴隷!! さっさと言うことを聞け!」
叫びながら、前代魔王へ向けて片手を突き出す。なんらかの魔法を使用しているのか、その掌が薄く緑にきらめく。
「ウグッ……!」
ロアヌ・ヴァニタスは苦しそうに胸元を押さえたが、それでもさすがのバイタリティを見せた。一歩、また一歩と、着実にヒュースに歩み寄っていく。
「ユルサン……ワレラをボウトクしたこと……その身をモッテ、アガナウガイイ!」
「ぎゃあああああああ!」
ロアヌ・ヴァニタスの突き刺した剣が、見事にヒュースの腹を抉る。ヒュースはじたばたともがくが、尻餅をついていては満足に動けない。顔から次第に生気が失われていく。
「キサマはコレで死なせハしない……! 永遠のジゴクをアジワエ!」
「ぐおおおおおお! こ、この、魔獣風情がぁぁぁぁぁぁあ!」
そう絶叫するなり、ヒュースはぴたりと動かなくなった。
ロアヌ・ヴァニタスが言っていたように、確かに死んではいないようだ。わずかな呼吸が確認できる。
では、永遠の地獄とはいったい……?
ルイスがそこまで思索を巡らせたところで、ロアヌ・ヴァニタスも体力が尽きたようだ。苦しそうに片膝をつくと、ちらりとこちらを見やる。
「ソコのニンゲン……ルイスとイッタカ……」
「あ、ああ……」
頷きながらも、ルイスは油断なく太刀を構える。
「悪いが、シバシ胸をカリルゾ……。ワレはモウ、ツカレタノダ……」
「は? 胸を借りるって……」
ルイスが目を見開いた、その瞬間。
ロアヌ・ヴァニタスの全身が光に包まれたかと思うと。
ふいに、ルイスの掌に重いなにかが乗っかかった。
卵だった。




