決戦3
「コアアアアアアッ……!!」
ロアヌ・ヴァニタスは両腕を空に掲げた。うまく聞き取れないが、なにがしか呟いているようだ。
「カアッ!」
乾いた掛け声を発すると、ロアヌ・ヴァニタスのまわりを優しげな輝きが包み込む。その光はふんわりと魔王の身体に吸収され、数秒後には消えてなくなった。
「あ、あれは……!」
アリシアが驚愕したように立ち尽くす。
「完全回復……古代魔法ってやつか。あいつも使えるとはな……!」
「はい……。さすがに一筋縄ではいきませんね……!」
まったくその通りだ。
ロアヌ・ヴァニタスは、自身の魔力を用いて、傷を完全に治癒させることができる。すなわち、魔力が尽きない限り無限に戦える。
一方でルイスも、アリシアの古代魔法を頼ればいつまでも戦闘することは可能だ。
この勝負、どちらの力が底をつくか――果てしなき泥試合になりそうだ。
「ルイスさん……」
不安そうに見上げてくるアリシア。
ルイスはふっと笑うと、彼女の頭にぽんと手を乗せた。
「心配すんな。生きて帰るぞ。絶対にだ」
本当はルイスだって、気持ちのどこかでは恐れている。ロアヌ・ヴァニタスの魔力が底無しであれば、それこそ勝てるわけがない。
だが――
「そうですね。私たちならきっと勝てます。力を合わせましょう……!」
「ああ……!」
互いに頷き合い、ルイスとアリシアは改めてロアヌ・ヴァニタスと対峙する。
「…………!」
そのとき、ロアヌ・ヴァニタスがちょっとだけ目を見開いた――気がした。心なしか動揺しているようだ。
なんだ……?
すこし気になったが、いまはそれを考えているときではない。
「おおおおおおっ!」
怒号を腹の底から発しながら、ルイスは突進する。
高揚感がかつてなく溢れてくる。
自分がさらに速くなったように感じる。
全身全霊の一刀を、ロアヌ・ヴァニタスの胴体めがけて打ち込む。
前代魔王は当然のようにそれを受け止める。お返しとばかりに差し挟んできた剣を、ルイスは紙一重でかわす。
まさに、一瞬たりとも気を抜けない死闘といえた。
ルイスの太刀はギリギリで防がれ、前代魔王の剣もなんとか避けていく。そんな果てしなき応酬が無数に繰り広げられた。
当然、体力の消耗という点ではルイスのほうが劣る。疲労が溜まり、すこしでも身体に違和感を覚えたときには、アリシアが回復魔法で癒してくれた。
この戦いはまさにギリギリだ。
すこしでも疲労を感じたらすぐに回復しないと、前代魔王の動きについていけない。
そんな終わらぬ応酬を続けているうち、ルイスはいつの間にか、アリシアとの一体感を覚えるようになっていた。
何故だろう。
こちらが回復してほしいとき、的確なタイミングで魔法をかけてくれるのだ。わざわざルイスから指示しなくても。
一方で、痺れを切らしたロアヌ・ヴァニタスが先にアリシアを攻撃しようとしたこともある。
だが、それだけはルイスがさせなかった。
確実にロアヌ・ヴァニタスの動きを先読みし、アリシアの身を守る。
特に言葉を交わさずとも、互いが互いの意思を汲み取り、最適な行動を取り続ける――
なんとも不思議な感覚といえた。
あるいは、これまでのアリシアとの《絆》がそうさせるのか……
しかし。
アリシアはまだ《古代魔法》を修得したばかり。
そう何度も回復魔法を使えるわけがないことは自明の理だった。《完全回復》の名にそぐわず、回復の量に限界が生じてくる。
「ル、ルイスさんっ……!」
それでもアリシアは懸命に回復魔法を放ち続けた。
辛そうに表情を歪めながらも。
これが自分の使命とばかりに。
ボロボロの身体で魔法を酷使し続けた。
一方で、ロアヌ・ヴァニタスの魔力は尽きることを知らない。いくら太刀を叩き込んでも、すぐに光に身を包む。こちらの底が尽きつつあるなかで、相手だけが回復していくさまは、もはや絶望という他なかった。
「シュアアアアアアッ!!」
「ぐおっ……!」
ロアヌ・ヴァニタスの剣を、ルイスはやはり紙一重で防ぐ。ガキン! という耳障りな金属音が響きわたる。
そのまま両者、剣の押し合いとなった。
――くそ! 駄目なのか! 俺たちは勝てないのか……!
呻き声を発しながら、ルイスは必死にロアヌ・ヴァニタスの剣を防ぎ続けた。
体力もすでに限界を迎えつつある。アリシアもさすがに魔力をなくしたか、両膝をつき、肩で呼吸をしている。それでも魔法を唱えようとしているが、残念ながらルイスの体力は戻りそうにない。
そのときだった。
頑張れ、という声が聞こえた。
ルイスさん、アリシアさん、と名前を呼ぶ声が聞こえた。
「…………!」
思わずルイスは目を見開く。
気づけば、帝都の住民がルイスたちを囲っていた。
いままでルイスを馬鹿にしてきた者たちも。
さんざん無能扱いしてきた冒険者たちも。
みんな、真っ赤な顔でルイスとアリシアの名前を呼び続けていた。
その表情に偽りはない。
みな真剣に、二人を応援してくれている。
この場に前代魔王がいて、危険な場所であるにも関わらず、それでも応援するために。
――ルイスよ。言ったろう。ワシらは家族じゃ――
――あの娘が、いまでもこうして元気でいられるのは、ルイスさん……あなたのおかげです。ありがとうございました――
――どんなに辛いことがあっても、えっと、支え合える人がいたら乗り越えられると思うんです。ですから、その、ええっと……――
脳裏に、ここ数日間の出来事が次々と蘇ってくる。
身体の底から、かつて感じたことのない、言いしれない活力が溢れ出てくる。
次の瞬間、ルイスはかっと目を見開いていた。
「うおおおおおおおおおっ!」
自分でも驚くほどの、溢れる強大な力に後押しされ、ルイスはロアヌ・ヴァニタスの剣を力ずくで弾いた。
「グ……!?」
ロアヌ・ヴァニタスが目を見開き、後方に仰け反る。前代魔王に生じた、最初で最後の隙だ。
――心眼一刀流、一の型、極・疾風。
そして全霊の一撃を、ロアヌ・ヴァニタスに見舞った。




