おっさん、かつての知り合いと対面する
――ここに来るのはいつぶりだろう。
帝都サクセンドリア。
その王城。
日数的にはさして経っていないはずだが、あの日――初めて《無条件勝利》を習得した日から、もう随分遠いところまで来た気がする。
この数日間で、ルイスは実に多くのことを学んだ。
カーフェイ家と出会い。
無条件勝利をさらに極め。
そしてアリシアとさらに深い関係になった。
有意義な期間だった。
この半生において、腐りかけた時は沢山あった。
けれど、帝国サクセンドリアは間違いなく自分の故郷だ。
いまなら思える。辛かった半生があるからこそ、いまの自分がある。力のなかった頃を恥じることはない。
そんな故郷――帝都サクセンドリアを。
いま神聖共和国党は、明確なる悪意でもって殲滅しようとしている。
見過ごすわけにはいかない。絶対に。
「グオオオオオオッ!!」
近辺を跋扈している魔獣など、ルイスにとって、もはやなんの脅威でもない。《無条件勝利》でもって、みな一撃で蹴散らしていく。数回のレベルアップと、熟練度向上のおかげで、それほど体力も減少していないようだ。
魔獣に襲われかけている住民を助けながら、ルイスは王城へと向かっていた。
「え……? あ、ありがとうございます……」
救われた人々は、みな一様に驚きの表情を浮かべていた。
《不動のE》とまで呼ばれ、悪名名高かったルイスが、次々と魔獣を殺していくのだ。驚かないわけがない。
かつてルイスを馬鹿にしていた女も、ルイスより早く出世していった元冒険者らも、見つけた限りに手を差し伸べた。そしてみな、同様に驚嘆の声を発する。
「あ、あんた、いつの間にそんな強くなったんだ……?」
「話は後だ。早く安全な場所へ避難しろ」
「お、おお……。そ、その、えっと、ありがとな!」
数分後。
果たしてルイスは、懐かしきサクセンドリア王城前へ到着した。
やはり敵の狙いはここにあったようだ。他の場所とは比較にならないほどの激戦が繰り広げられている。
神聖共和国党率いる魔獣の群れと、それに対抗する正規軍の兵士たち。男の掛け声と、魔獣の咆哮が交じり合う。
よくよく見れば、勝っているのはは神聖共和国党の側らしい。先程のギルディアスを筆頭に、手強い魔獣が多く召還されている。苦戦するのも無理はない。
そして。
ルイスは見た。
旧知の知り合い――ヒュース・ブラクネスの姿を。
やはり奴がリーダー格のようだ。
激戦が繰り広げられているなかで、堂々たる存在感を滲ませている。他の者が灰色のローブを被っているのに対し、ヒュースだけが漆黒のマントを羽織り、その顔形を晒している。
そのヒュースは、片手で何者かの首を掴みあげていた。
「なぜ……お、お父様……!!」
その人物には見覚えがあった。
サクヤ・ブラクネス――以前、王城で正規軍のサブリーダーを務めていた女兵士だ。
そこでルイスははっとした。
――サクヤの家名もブラクネス……まさか……!
彼女はヒュースに持ち上げられながらも、足をじたばた動かし、かすれる声を発した。
「なんでですか……お父様……! こんな、こんなことをするなんて、嘘、ですよね……?」
「かっかっか」
ヒュースは気味の悪い笑声をあげる。
「面白いことを聞くものだ。サクヤよ。私の目的は最初から今日にあったのだよ。おまえは、その課程で生まれた愚かな娘でしかない」
「…………!」
「誰にも気づかれず、ひっそりと、帝国の転覆を狙う。そのために好きでもない嫁を娶り、馬鹿な娘を抱え、家庭を持った。おかげで今日までうまくやってこられたよ。……まあ、それでも一部気づいていた者はいたようだがな」
「嘘……でしょ……!? お父様は、最初から、そのつもりで帝国に……!?」
「その通り」
ヒュースはぎゅうと表情を歪ませる。
「苦痛だったよ。好きでもない妻と娘に囲まれる生活は。……だが、その苦悩もこれで終わる! 本日をもって我々は帝国を支配し、偉大なる母国に献上するのだッ!」
「うそ……だ……。じゃあ、私は、なんのために戦って……」
サクヤの瞳から生気が消えていく。じたばたと抵抗していた足が静かになる。
「だが、まあ、なんだ。おまえは曲がりなりにも私の娘。殺しまではしないでおこう。そして新たなる時代に震え、歓喜するがよい!」
叫ぶなり、ヒュースはサクヤを後方に投げつけた。
サブリーダーを務めているはずの彼女は、あまりに衝撃的な事実に、戦意を消失してしまったようだ。呆気なく吹き飛ばされていく。
「……おっと!」
ルイスは慌てて彼女を受け止めた。
さっきまで懸命に戦っていたのだろう、彼女はひどく満身創痍だった。身体の節々から血液が流れ、顔にはほとんど生気がない。
「あ、あなたは……。いつぞやの……」
腕のなかで、サクヤは呆然とルイスを見上げた。
「……いままでよく頑張った。あとは俺に任せて、おとなしくしてろ」
「…………」
サクヤは恥ずかしそうに、片手で顔面を覆った。
「情けない限りです……。一度ならず二度までも、あなたに……」
ちらりと視線をずらす。
正規軍の兵士たちが見るからに押されはじめていた。サブリーダーたるサクヤが離脱したことで、一気に戦力が落ちたのだろう。兵士たちは痛々しい悲鳴をあげ、魔獣たちに蹂躙されていく。死んでいく。
「お願い、します……」
サクヤは震える手でルイスの胸元を握った。
「もう、頼れるのはあなたしかいない……。過去、あのブラッドネス・ドラゴンを一撃で倒したあなたなら、きっと……!!」
「ああ、任せておけ」
そう言って、サクヤの頭を力強く撫でてやる。
「ああ…………」
そこで安心したのか、サクヤの全身からすっと力が抜けた。気を失ったのだろうと思われた。




