じいさんも、恐れられる
「ひい! や、やめろ! その女のステータスをこれ以上高めるな!!」
「なにを怯えているのだ? 最高のショーじゃアないか! ふはははははははは!!」
「ぎゃあああああっ!!」
★
「相変わらずうちの女性陣は濃いのう……」
アルトリア・カーフェイはふうとため息をつく。
遠目で母娘の戦いを見守りながら、自身も剣を引き抜いた。
妻と娘の共闘――
一家の大黒柱として、やや不安なところはあったが、あの様子なら大丈夫だろう。
特にフレミアは現役時代からまったく衰えていない。まだまだ戦力的に覚束ないアリシアを、うまくフォローしながら戦っている。
母娘ならではの連帯感、といったところか。
実に楽しそうだ。
「や、やめてくれぇぇぇぇぇえ!!」
「はっはっは! どこへ逃げようというのかね!?」
……一方で、神聖共和国党の者どもは完全に恐慌をきたしているが。
まあいい。
あの場はフレミアとアリシアに任せるとして、自分も目の前の戦いに集中するとしよう。
そう思いながら、アルトリアは眼前の敵軍を見やった。
「ウガウゥゥゥウウウウ……!」
――ミイラナイト。
黒ずんだ包帯を全身に巻いた魔獣が、アルトリアの前に立ちふさがっていた。
目の部分だけが怪しく光っており、包帯の隙間から覗く肌がおぞましいほどに焼け焦げている。Bランクの冒険者なら苦戦する相手だが、アルトリアにとってはたいした敵ではない。
のだが。
「……うーむ、ちぃと困ったのう……」
問題はミイラナイトの数だ。
総勢三十体近くの魔獣に詰め寄られては、さすがに戸惑ってしまう。なにか手を考えなくては。
「ふふふ、どうだ! さしものアルトリアも、これには勝てまい!」
ミイラナイト群の背後にいる神聖共和国党の男が、耳障りな嘲笑を響かせる。
フレミアやアリシアと違い、アルトリアは最初から連中に警戒されている。相手も最大限の力で、こちらを潰しにかかってきているようだ。
「ふん。ワシも舐められたものよ。老いたとはいえ、《恐剣のアルトリア》と呼ばれた元Aランク冒険者を――この程度で倒せると思うてか」
「……!?」
アルトリアに睨まれたミイラナイトたちが、まさか怯えたのか――びくりと身を震わせた。
「ほう。驚いた。貴様らにも恐怖という感情があるのか」
「……グルルル……」
「フレミアもたしかに現役時代では恐れられておった。だが……本当に恐いのはどちらかのう?」
言いながら、アルトリアはスキルを発動する。
攻撃力アップ《特大》。
そしてもうひとつ、衝撃斬というスキルを使用し、アルトリアは無造作に剣を振り払った。
瞬間。
ズドォン!
という轟音とともに、斬撃そのものが巨大な衝撃波となってミイラナイトらに襲いかかった。
その威力は常人では想像もつかないほど。
攻撃力アップのスキルに強化された衝撃波は、ミイラナイトの胴体を綺麗に切り裂いていく。数秒前にはたしかに健在だったミイラナイトたちは、アルトリアの一撃により、見るも無惨に帰らぬ魔獣となった。
「な、んだと……馬鹿な……っ!」
後には神聖共和国党の男だけが残された。
「あ、ありえない……。戦力的にはこちらが勝っていたはずなのに……」
哀れにも尻餅をつき、青ざめた顔でアルトリアを見上げている。
かつて《恐剣》と呼ばれた老年の剣士は、実に冷酷に、男へ向けて剣の切っ先を向ける。
「幸せに思うがよい。本来、悪党からは絞れるだけ絞り取ってから殺すのが主義じゃが……この場ではそうはいかんからの。激痛を与えながら、ゆっくり死なせるだけに留めてやるわい」
「う、うわああああああああっ!!」
「ひゃー。相変わらず恐いじっちゃんだこと!」
ふいに声をかけられ、アルトリアは振り返った。
「なんじゃ、おぬしか……」
見知った顔だと知り、息を吐く。
レスト・ネスレイア。
若きSランク冒険者は、心底楽しそうに目を輝かせながら、うぇいうぇいと剣を振り回していた。適当に振るっているように見えて、その剣先は的確に近隣の魔獣を捉えている。
「やっぱ《バトル》は楽しいなぁ! そう思わねえか、じっちゃん!」
「……あいにく、ワシはもうそこまで若くないんでな」
あいてててて、と腰を反らしつつ、アルトリアは問いかける。
「おぬしこそ、ここへなにしにきた。まさかワシに会いにきたわけじゃあるまいて」
「いや、そのまさかさ。久々にじっちゃんと一緒に戦いたくなったんだよ! こんな機会めったにねえだろ!!」
「…………」
アルトリア・カーフェイに、レスト・ネスレイア。
本来ならば、サポートなどなくとも、ひとりで充分戦える剣士だ。
わざわざ手を組む必要もないだろうと思うが、しかし敵は多い。うまく連携を取ることさえできれば、効率よく立ち回れるかもしれない。
「仕方ないの。勝手な行動は慎んでおくれよ」
「ははっ! そうこなくっちゃな!!」
にこやかに笑いながら、レストはアルトリアに背中を預ける。二人はそれぞれ逆の方向を向き、魔獣を退治する格好となった。
アルトリアは剣を中断に構えつつ、ふとあることに気づいた。
この気配。
レストの奴、元々Sランクにも関わらず、数年前よりさらに強くなっているか……?
「ふふっ、見せてやるぜ」
レストは、自身の武器――太刀を構えるや、迫りくる魔獣群にひた目線を据えた。
「心眼一刀流、四の型、光迅剣!」
――瞬間。
レストはその場から動かないまま、目にも止まらぬ高速の斬撃を魔獣らに突きつけた。
その恐るべき剣速は、そばにいるアルトリアでさえ捉えきれない。
視認さえ難しい斬撃の嵐が、敵に襲いかかる。光迅剣の名の通り、いくつもの光の筋が、レストの手から華麗に流れていく。
「グオ!?」
「ガアアアアッ!!」
魔獣たちが苦悶の表情とともに悲鳴をあげる。
レスト自身は一歩も動いていないにも関わらず、遠くにいる魔獣でさえ胸部を貫かれ、その場に崩れ落ちた。
「さぁて、これでトドメだぜ!」
レストは太刀を片手に持ち変えると、もう一方の手を前方に突き出した。と同時に、彼の周囲を紅のオーラが包み込む。果てしない魔力の胎動に、心なしかこの近辺が揺れているように思えた。
「はぁっ!」
短いかけ声とともに、空からマグマの強雨が降りかかる。
ズドォン! ズドォン! という鋭い轟音に続いて、男の鈍い悲鳴も聞こえる。おそらく、遠くのほうで召還術を使用し続けていた神聖共和国党の連中をも一気に始末したのだと思われた。
レストの魔法の威力は、さしものアルトリアも目を見張るものがあった。雨の突き刺さった箇所では、鳥肌を覚えるほどに地表が抉れている。しかも延焼効果つきというから、まさにぶっ壊れ性能である。
レスト・ネスレイア――すなわち、剣も魔法も人の域を越えたSランク冒険者。その実力はまさに底知れない。
アルトリアは苦笑いを浮かべて言った。
「さすがだの。なんとも頼もしい限りじゃわい」
「はっは! あんただって、ミイラナイトを一撃でぶっ殺してたじゃんか! 人のこと言えないぜ!」
「さあて。どうかのう……」
「あっちでは化け物みてえな女が暴れてやがるし、こっちでは見るからに強そうな野郎が戦場を独占してやがる! どうなってんだよ、これ!」
神聖共和国党の幹部が、誰にも聞こえない愚痴をぽろりとこぼした。




