アリシア、恐れられる
「ルイスさん……」
呟きながら、アリシアは前方を走りゆくルイスの背中を見送った。
ひたむきに頑張るその後ろ姿。
心臓がきゅうと締め付けられるような感覚を覚える。
彼の周りでは、バハートを始めとする冒険者たちが、決死の攻防を繰り広げている。
もう、ルイスを馬鹿にしている者はいない。
ルイスの道を切り開くために。
ルイスに帝都を守ってもらうために。
全員が一丸となって、互いに協力しあっている。
――まさか冒険者ギルドと共闘することになるなんて。
少々驚いてしまったが、たしかにいまは喧嘩している場合ではない。両者共通の敵――神聖共和国党を倒すために、結託すべきなのだ。
敵は多い。
この日に備えて入念な準備をしていたのか、魔獣の数がまさに圧倒的である。
いくらルイスやアルトリアが強いからといって、これほど大勢の敵と戦うのは無理がある。ギルドとも協力して、味方を増やすのが最善の策だ。
だからルイスもギルドに協力を求めたのだろう。
冒険者たちも、そんなルイスに胸を打たれ、かつての仲はさておいて、いまは共闘を選んだ。
「もう……なにが……枯れたおっさんなんですか……」
思わずそう呟いてしまう。
私も冒険者たちも、彼のおかげで変わることができた。
最初はたしかに弱かったルイスだけれど、それでも懸命に頑張ってきたから。最強スキルを手に入れても、ずっと謙虚に前を向いていたから。
だから……
「なにを見取れておるのだ、我が娘よ」
ふいに背後から声をかけられ、アリシアははっとする。
「あ、ごめんごめん。つい……」
「ほっほ。ルイスなら大丈夫じゃ。ゾンネーガ・アッフと戦ったときも、並々ならぬ力を見せてくれたからの」
そう言いながら、父――アルトリアはにかっと笑う。
「ワシらはワシらで頑張るぞい。なにしろこれだけの被害じゃからな」
「うん。そうだね……!」
アリシアが力強く頷いた、そのとき。
「――たしかに、これは親子みんなで戦わないといけませんね」
「……え?」
アリシアはぱちくりと目を見開いた。慌てて声の主に顔を向けると、そこには見慣れた女性の姿が。
「お、お、お、おおおお……」
無意識のうちに噛みっ噛みになってしまう。
「お母さん!?」
「うふふ。そんなに驚くことはないでしょうに」
フレミア・カーフェイはいつもの母性的な笑みを浮かべながら、その外見に似合わぬ武器――大斧を片手で掲げた。
「私たち家族……みんなでこの危機を乗り越えましょう。力を合わせれば、できないことはありません」
相も変わらず、フレミアは笑顔を絶やさない。普段のようにニコニコと目尻をあげているが――なんだか、いつもより声のトーンが低いような……
「…………」
アリシアはなにも言えなかった。
どさくさに紛れて、アリシアの転移術に混ざってきたようだが――なぜそんな大斧を持っている……? アリシアの知る母親は、《スイッチ》が入ったとき以外、そんな物騒な物を持ったことがない。
「そうかアリシア。おぬしには言っとらんかったな」
夫たるアルトリアは実に澄ました顔である。
「フレミア・カーフェイとは、かつて正規軍の凄腕兵士だった女じゃ。戦闘時の冷酷さは帝都随一であり――実はの、腕前もワシと同等のレベルを誇っておる」
「えっ……!? えっ!?」
素っ頓狂な声を出すアリシアを脇目に、フレミアはにやりと笑った。
「くくく……血がたぎる……ざわめく……。私の戦闘本能を呼び覚ますのは誰だぁ……?」
どうやら《スイッチ》が入ってしまったようだ。
フレミアはそのまま猛スピードで駆け出すと、大胆にも魔獣の群れに突っ込んでいく。
華奢な身体のどこにそんな力があるのか、大斧を片手で持ち上げるや――
「とぅりゃああああああああああっ!!」
剛胆にも斧をぶんぶん振り回し、近辺の魔獣を容赦なくぶっ殺していく。たしかに容赦もなにもあったものではない。力任せに武器を振るい、有無を言わさず蹴散らしていく。防御の構えを取った魔獣でさえ、問答無用でぶっ倒していく。
「ふははははははは! どうした貴様らァ! ユーラス共和国とはこの程度かァ!」
「ひいっ! なんだこの女は!」
「うろたえるな! もっと多くの魔獣を召還すればよい!」
明らかに動揺する神聖共和国党の連中が、慌てて召還術を唱える。フレミアの周囲に魔法陣が浮かび上がり、再び多くの魔獣が姿を現すが――
「ぬるいと言っておろうがッ!!」
「ギャン!?」
召還されたばかりの魔獣を、フレミアは瞬殺する。こればっかりはさすがに魔獣に同情してしまった――ちょっとだけ。
「すごい……お母さんが……あんなに強かったなんて……」
フレミア・カーフェイ。
普段は聞き役に徹するばかりで、自分のことをまったく話さなかった母親。アルトリアも、わざわざ妻の過去を周囲に言い聞かせたりはしなかった。
かなり驚いたけれど――同時に嬉しかった。
お父さんもお母さんも、こんなに強かったなんて……!
それを思うと、アリシアの胸中にも言いしれぬ歓喜が浮かびあがってくる。
「ふふ……ふふふふふふふ……!」
思い出す。
自分が強くなっていくことへの喜びを。
高まっていく力への渇望を。
アリシアは懐から杖を取り出すと、高揚した気分で――本来はいらんはずの詠唱を唱えた。
「我は願う。汝の飛躍を。汝の尋常ならざる力を。そのためならば……我、隠居の身になることも厭わん!!」
瞬間、古代魔法が発動し。
フレミア・カーフェイを、ほのかな新緑の輝きが包み込んだ。
「ぬ……!? これはっ……!!」
目を見開く母の隣へ、アリシアもニヤニヤ笑いながら歩み寄る。
「全ステータスの大幅強化。感じないか? さらなる力の高まりを……」
「ほう? 娘よ。この私と共闘戦線を組もうというのか……?」
「その通り。いまの私は未熟ゆえ、サポートで精一杯だがな」
「ふふふ。それでいい。夢にまで見た娘との共闘だ! 気張っていくぞォ!!」
「おー!!」
「な、なんなんだよこの女どもは……!!」
神聖共和国党のメンバーが、アリシアとフレミアを見てガクガク震えていた。




