おっさん、固い約束を交わす
――スキル《無条件勝利》発動。
心中でそう唱えると、駆け走りながら太刀を抜く。
全身からすさまじいまでの熱気が発せられる。
あらやる筋肉も、そして思考力すらも、灼ききれんばかりに研ぎ澄まされていく。
視界に映るすべての事象がスローモーションになり、自己だけが加速しているような感覚に陥る。
ルイスはちらりと敵群を見やった。
ゴブリンや骸骨剣士らがひしめく群れのなかにあって、三体だけ、異彩を放つ魔獣がいた。
――ギルディアス……
蜥蜴のような湿った鱗を持ち、二足歩行で剣と盾を構える半人半獣の魔獣だ。
特徴的なのはその体長である。
なんと、そこいらの建造物など軽く抜いてしまうほどの巨体だ。実際にも、三体のギルディアスは他の魔獣の何倍も大きかった。
その巨躯ゆえ、純粋な攻撃力だけなら魔獣でもトップクラスを誇る。Aランク冒険者ですらひとりでは勝てない相手だ。太古の魔獣に比べれば見劣りはするものの、そんな奴が三体も固まっているのはたしかに厄介である。
だが、無意味だ。
この《無条件勝利》の前では。
「おおおおおおっ!」
気合いを込めた一声とともに、ルイスは走るスピードをより一層強めた。
周囲の光景がかつてない速度で後方に流れていく。
自身そのものが風になったかのような感覚を味わいながら、ルイスは太刀を振るう。
――心眼一刀流、一の型、極・疾風。
流れるような剣筋がギルディアスの身体を捉え、神速で切り刻んでいく。
超スピードで何十回もの剣技を浴びせるが、それを認識できた者は、この場にルイス以外いなかった。
数秒後。
「グオッ……!?」
なにが起きたのか認識もできぬままに、ギルディアスは呆気なく絶命した。巨体が無言で倒れるのを、周囲の魔獣が悲鳴をあげて避けていく。
「な、なんだと……!? あのギルディアスを……!」
「どう攻撃したのかまったく見えなかったぞ!?」
「あ、あいつ、本当にあの《不動のE》か!?」
背後をついてくる冒険者たちが、驚愕のあまり口々にそう囁いた。そのなかには先日ルイスを笑い飛ばした者も大勢いた。
ルイスはくるりと振り向くと、かつての上司らに向け、大声を張り上げた。
「ぼけっとしてる暇ァねえぞ! この隙にどんどん攻撃を叩き込め!」
そうしながら、冒険者たちに次々と指示を送っていった。
「敵のなかには石化攻撃を放つ者もいる! 一カ所に固まらず、散らばって攻撃しろ! 万が一石化された仲間がいたらアリシアの元へ連れて行け! いいな!」
「は、はいっ!」
冒険者たちが、慌てて大声の返事を響かせた。ギルドマスターのライアンにより一時的に彼らを配下にさせてもらったが、ギルディアスを一撃で倒したことにより、素直に言うことを聞くようになったようだ。かつてない危機的状況だし、それも当然か。
「な、なんだこいつら!!」
「ギルドってこんなにしぶとかったか!? 話に聞いてねえぞ!?」
神聖共和国党――テロリストの二名が、悲痛そうに顔を歪ませながら喚く。
「おらああああああああァ!!」
そんなテロリストを、上空からの振り下ろし攻撃によって両断した者がいた。
――なんという剛胆な一撃……
ルイスも彼には見覚えがあった。
Bランクの冒険者バハート――数日前ルイスがギルドを追放されるとき、一緒に笑ってきた者のうち一人だ。
だがいまのバハートには、かつての嘲笑は浮かんでいない。素直にルイスの瞳を見つめて言った。
「まったく信じられないな……。ルイス……さん、いったいいつ、そんな力を手に入れたんだよ」
「…………前の帝都襲撃のとき。ギルドを追放される直前だな」
「そうか……。なのに俺たちは……。しかも命を助けられて……」
襲ってくるゴブリンを剣で斬り伏せつつ、バハートはこちらに深く頭を下げた。
「いまさら謝罪したところで、腹の虫が収まるわけがねぇことはわかってる。だからいまはせめてもの償いとして……この場は、俺たちに任せてほしい」
「ほう……?」
思わず感嘆の声を漏らす。
たしかに、いまのルイスにはあまり時間がない。
ライアンによれば、ヒュース・ブラクネスは王城へ向かったらしい。おそらく王族の首が目的だろう。こんなところで油を売っている場合ではないのだ。
だが――
「いいのか? 相手は二百体、こちらは五十人……敵の増援も考えると、かなり厳しい戦いになると思うが」
骸骨剣士を倒しながら言うルイスに、バハートも同じく戦いながら答える。
「はっ……腐っても俺たちは冒険者……街の人を守るのが仕事だ。こんくらいの敵なんざ、気合いでなんとかしてみせるさ」
「そうか……。信じていいんだな、その言葉を」
「ああ。せめてこれくらいはやらせてくれ」
そうして苦笑いを浮かべるバハートに。
「…………」
ルイスはゆっくりと、握り拳を掲げてみせた。
きょとんとするバハートに、ルイスも苦笑いで答えた。
「なにしてる。約束だ。絶対に、生きて帰るってな」
「あ、あんたって奴は……」
バハートはやや涙目になりながら、がつんと拳をぶつけくる。
「わかった。絶対に生きて帰る。改めて謝罪させてくれ」
「ああ。この場は頼んだぜ」
かつての怨敵にこの場を任せると、ルイスはひとり、王城へとつながる道を突き進んだ。




