おっさん、死闘を繰り広げる
――太刀。
東洋に伝わる刀で、かなりの反りを持った武器である。刀身も平均六十センチと長く、扱える者はそうそういない。ルイスとてこの歳まで使いこなせたことはないが、若い頃に《なんかかっこいいから》という理由で使い始め、今日まで使い続けている。
ルイスは両腕を交差させて構えると、太刀の切っ先を戦線に向けた。そのまま前傾姿勢でゴブリンの登場を待つ。
「……ルイスさん、その構えだけ見てるとベテランっぽいんですけどね」
後ろからアリシアが茶々を入れてくる。
「ベテランっぽいんじゃねえ。ベテランだ」
「なんですかそれ。構えだけベテランなんですか?」
「……いちいちうるせえ奴だな」
昔は、すこしでも強くなろうと必死に修行してきた。その名残で構えだけはサマになっているし、四十歳という年齢も相俟って、見た目だけはかなり強そうに見える――のだが。
「不動のE組! そっちにゴブリン逃げたぞ!」
「あいよ……って、おいおい!」
前線で戦っている兵士に、ルイスは思いっきり突っ込みを入れた。
「どうなってんだよ! ピンピンしてんじゃねえかこいつ!」
「うるせえな! 一体くらいどうにかしろ!」
「ちっ。どうせ逃がしたんだろうよ……!」
ゴブリン一体に思いっきり動転してしまう始末である。
「アリシア! 不祥事により全快のゴブリンが現れた! 全身全霊、いままでのすべてを、こいつにぶつけるぞ!」
「イエス、マイロード!」
「ぴ、ぴぃ……?(なんでこいつらこんなに本気なの)」
二人のすさまじい熱気に当てられ、さしものゴブリンも困惑の表情を浮かべる。
★
「いでよ……凄惨にして、古より封じられし大いなる意志よ……」
「おい、アリシアよ」
「我は望む。汝の覚醒を。汝の意志を。ファイア!」
直後、壮大な詠唱の割に小さすぎる炎の玉が、アリシアの手からふわふわと放たれる。
――シュパッ。
そして数センチ進んだところで、炎の玉は空気に溶けていった。
「ぴぃ……?」
ゴブリンはなにがなんだか理解できなかったようで、首を傾げる。
ルイスは頭を抑えながら、呻くように言った。
「おいアリシア、魔法使うのにいちいち詠唱なんかいらねえだろ? なんで毎回毎回、そんな意味分かんねえこと呟いてんだよ」
「えっ、ルイスさん、わからないんですか!? これのかっこよさが!」
「わっかんねえよ! ていうか、せめてファイアくらいまともに使いやがれ!」
「ル、ルイスさんだってゴブリン相手に息切れしてるじゃないですか! 人のこと言えないですよ!」
「て、てめェって奴は……!」
――ゴブリンとの死闘はなかなか決着がつかなかった。
ルイスの斬撃もアリシアの魔法も、思うように直撃しない。といってゴブリンの動きも鈍重なので、逃げ足だけは早いルイスたちが、そそくさと避けてしまうのである。もはや泥試合と化していた。
「はぁ……はぁ……」
「ぜぇ……ぜぇ……」
ルイスとアリシアは、改めてゴブリンと対峙する。
――これ以上戦いを長引かせるわけにはいかない。王都の住民のためにも、こいつだけは倒さねばならないのだ。
ルイスは決意を固めると、腕を交差させ、太刀を上段に構えた。アリシアも同様、マジな顔で魔法発動の準備を取る。
そして。
ルイスはかっと目を見開くと、猛然と地を蹴った。
ルイス流、最終奥義。
――体当たり。
「ぴっ……!?」
てっきり太刀で攻撃されるものだと思っていたゴブリンは、驚愕のあまり目を見開く。四十目前のおっさんは、自分よりかなり小柄なゴブリンに対し、全身全霊で突っ込んでいった。
「おおおおおおっ!」
「ぴっぎゃあああああ!」
おっさんと魔物の悲鳴が混じり合う。
「いまだアリシア! 魔法を撃て!」
「言われずとも、わかってます! ――汝は知るだろう、凄惨にして古より封印されし……」
「だからいちいち詠唱すんなって言ってんだろガァァァァァア!」
ゴブリンとの死闘は、まだまだかかりそうであった。