おっさん、かつての上司を従える
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――さて。
ルイスはふうと一息つくと、太刀を鞘におさめた。
改めて見ると、帝都は本当にひどい有様だ。
神聖共和国党と思われる灰色ローブの連中が、そこかしこで召還術を唱えている。あちこちで魔魔獣が無尽蔵に生み出されていく。
魔獣の種類はさまざまだ。
ゴブリンのような下級の魔獣であったり、またはベテラン冒険者でも手こずる強敵もいる。そして極めつけが古代の魔獣だ。それらの魔獣が無尽に召還されていき、帝都の防衛は後手後手にまわっている。
ほとんどの建物は崩れ落ち。
一般の人々の死体もあちこちで見られる。
先日の帝都襲撃など、これに比べればまだまだ可愛い規模だった。神聖共和国党は、本日をもって本気で帝都を潰しにきている。
「…………」
腹の底から、沸々と怒りが煮えたぎってくる。
神聖共和国党の連中がどんな崇高な理念を掲げているのか知らないが、こんなものはただのテロではないか。いったい奴らは、なんのために……
いや。
いまそんなことを考えても仕方あるまい。
現在、優先すべきことは他にあるはずだ。
ルイスは視線を戻し、ギルドマスターのライアンを見やった。
数日前、愉快そうにルイスを嘲笑していたライアンは、この短い期間ですこしやつれたらしい。頬が若干こけ、アリシアに回復してもらったばかりなのに目に生気がない。おそらくだが、溜まりに溜まる依頼に心労が蓄積されていたのだと思われる。
その状況で、今回の帝都襲撃。
さぞかし相当のストレスに見舞われたのだろう、哀れなことに尻餅をつき、あっけらかんとした表情でこちらを見上げている。
――やれやれ。
ルイスは再びため息をつくと、こつこつと歩き出し、ライアンに手を差し伸べた。
「おら。立てるかよ」
「え……。あ、ああ……」
ライアンは困惑したように目を瞬かせたあと、震える手でルイスの手を握った。そのままゆっくりと、ルイスに引かれて立ち上がる。
「ったく、情けねえ奴だな。ギルドマスターともあろう者がこの体たらくかよ」
「ああ……。俺、生きてる、のか……」
そして虚ろな瞳を改めてルイスに向ける。
「な……なんで俺たちなんかを助けたんだ。俺は、おまえを……」
――追放したんだぞ。
かすれるようなその声に、ルイスは後頭部をかきむしった。
「あのときの辛さはいまでも忘れられねえし、いまでも時々夢に出てくることがある。だから許そうとも思わない。しかもおまえら、大事な依頼をずっと放っておきやがったな」
「…………」
「だが、いまは他にやるべきことがあんだろ。大事なのは、こんなクソみてえなことをやらかした神聖共和国党をぶっ飛ばすことだ。それがおまえら冒険者の使命だろうよ。違うか?」
「…………!!」
ライアンの肩がびくりと震えた。
そこにアリシアも加わってくる。
「私もそう思います。なにもできない自分だけれど、弱い人たちを助けたい――その一心でギルドで入りました。私もあなたたちを許すことはできませんが、この信念だけはずっと変わらないです」
「…………そうだ。俺も最初は純粋に人助けがしたくて、なのに……。なのに……!」
ライアンはうつむき、全身をわななかせる。
「忘れてたよ……。ギルドの使命……。ああ、自分が怖い目に遭わないとわからないなんて……。俺はとんでもない大馬鹿者だな……」
「ああ。悪いが、おまえには慰めの言葉をかける気になれん。だがそれでも……できることはあるだろうよ?」
「ああ。そうだな……」
★
「くっくっく……。んだよ、帝都の連中もたいしたことねェなあ」
「はは、違いない。特にギルドの奴らは話にならないな。弱すぎる」
「すんげー疲れきった顔してたからなぁ。もうろくに戦えないんだろよ」
「我々の作戦が功を奏したということだな。さすがはヒュース様だ」
帝都。
東通り。
一通り制圧を終えた神聖共和国党のメンバー二人が、のんきに雑談をかわしていた。彼らの背後には二百体もの魔獣が待機している。二人の召還術によって呼び出され、操られている魔獣たちだ。
「ん?」
ふいに、うちひとりが目を細めた。とある一点を凝視し、怪訝な声を発する。
「なんだ、なんか来るぞ……!」
★
「いたぞ! 前方に神聖共和国党二人と、魔獣が大勢!」
疾駆しながら、ルイスは背後を走るギルドメンバーらに大声を投げかけた。
「俺が道を切り開く! その隙に全員で連中をぶっ飛ばしてくれ!」
「「了解です!!」」
ルイスは、総勢五十人もの冒険者たちを従え、魔獣の群れに突っ込んでいった。




