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《不動のE》組、あっけなく古代の魔獣を蹴散らす

 ――その頃、冒険者ギルドでは――


「くそっ……ちくしょう……」


 ギルドマスターのライアンは、剣を片手に持ち、うめくように悪態をついた。


 もう身体はボロボロだ。

 ブラッドネス・ドラゴンの爪に切り裂かれ、革の鎧が各所、無惨にも破けている。


 それだけではない。

 ドラゴンの爪には毒が含まれているようだ。微量ながらも体力が奪われていく感覚が滲む。


 加えて疲労もピークに達しつつあった。

 ブラッドネス・ドラゴンの猛攻を必死にかわし続けた結果、ろくなダメージも与えることができず、スタミナだけが失われていく。剣を持つ手が震え、膝が笑う。


「グオオオオオオオッ!!」


「くっそ……!」


 ライアンは再び悪態をついた。


 こちらが懸命に戦っているにも関わらず、眼前で咆哮を轟かせるブラッドネス・ドラゴンは傷ひとつ負っていない。まるでこちらの攻撃が通じていないかのようだ。


 そう――強すぎるのだ。

 いままで戦ってきたどんな魔獣よりも、奴は強すぎる……


「グオオオオオオオ!!」


 今度は別の方向からブラッドネス・ドラゴンの雄叫びが聞こえてくる。


 そちらでも冒険者と正規軍が決死の攻防を繰り広げているが、ブラッドネス・ドラゴンは依然倒れない。一方で、人間たちは次々と倒れていく。


 一体だけでもとんでもない強さを誇るこのドラゴンが、帝都中にひしめているのだ。もはや絶望しかない。


「はは……こりゃあ……さすがにやばいなぁ……」


 近くで剣を構えるBランクの冒険者――バハートも、乾いた笑みを浮かべる。


 彼もみなと同じくボロボロだ。ブラッドネス・ドラゴンの火炎に命中し、身体が焼け焦げているのがなんとも痛々しい。


 意識が飛びかけたのか、バハートは一瞬だけよろめくと、こちらに諦観の笑みを向けた。


「ライアンよ……俺ゃあもう駄目だ。戦えねえ」


「おまえもか。……俺もだよ」


 諦めの境地とはこういう心境を指すのかもしれない。


 頭ではわかっているのだ。

 どんなに頑張っても、ブラッドネス・ドラゴンには勝てやしない。


 だからここはいったん引いて、作戦を練ってから再び戦線に出るべきなのだ。


 ――でも、もう無理だ。

 このまま死んでも構わない。

 ギルドの激務に負われ、楽しくもない人生を送るくらいならば、ここでいっそ死んでみたい。もういなくなりたい。


「グオオオオオ!!」


 ブラッドネス・ドラゴンが、その獰猛な爪を高々と振り上げた。


 奴の視線は明らかにライアンに据えられている。

 あと数秒もすれば、自分はきっと意識を失って、この世から去ることになるだろう。

 クソみたいな人生も、これで幕引きか……

 そう思いながら、ライアンが瞳を閉じた、その瞬間。




「――それしきで諦めてんじゃねえよ!!」





 ふいに、懐かしいような――それでいてたくましい男の声が、ライアンの耳朶を刺激した。


 そして。

 やはり見覚えのある男の姿が、ブラッドネス・ドラゴンの前に現れたと思うと。



「――心眼しんげん一刀流、一の型、極・疾風」



 ギルドマスターたるライアンにも捉えられぬ高速の剣技が、ブラッドネス・ドラゴンの胴体に見舞われた。


 一撃。

 たったそれだけだったのに。


「ッギュオオオオオ!!」


 あれほど苦戦したブラッドネス・ドラゴンが、悲痛なる叫び声をあげ、その場に崩れ落ちた。


 ――馬鹿な、いったいどういうことだ……!


 文字通り神速で動くその男の姿は、ライアンにはまったく見えなかった。


 それでも……一瞬だけ。


 数日前にギルドを追放された、不動のE――ルイス・アルゼイドの姿が見えた気がした。


「アリシア! みんな重傷だ! 回復を頼む!」


「了解です!!」


 入れ替わりで、またも懐かしい元冒険者が姿を現した。ルイスと同時期にギルドを退職した、アリシア・カーフェイだ。


 ――あ、あいつが回復魔法だって……!?


 ライアンが目を見開いた、その瞬間。


 暖かな光の柱が、ライアンを、バハートを、そして周囲に倒れる人々を包み込んだ。


「なっ……!!」


 思わず変な声をあげてしまう。


 さっきまであれほど苦痛に苛まれていた自分の身体が、嘘のように軽くなったのである。まさか毒まで解除されたのか、嫌な気だるさもない。現在ライアンは、戦闘前といっていいほどに万全の状態に戻っていた。


「おいおい……嘘だろ……?」


 隣のバハートも同様の現象に見舞われたのか、自身の両手を見下ろしながらぽつりと呟く。


 だが、驚くべき超展開はそれだけではなかった。


 なんと、さきほどまで戦闘不能に陥っていたはずの冒険者や正規軍までもが、むくりと立ち上がっているのだ。


 それもライアンと同じく、万全の状態で。


 ほとんどの者が、死の一歩手前まで足を突っ込んでいたというのに。


 ――これほど強力な回復魔法を、広範囲に届かせるとは。


 こいつ、本当にあのアリシア・カーフェイか……?


「はは。さすがは古代魔法だな。性能がぶっ飛んでるぜ」


「ふふふ。この私が回復魔法を……(ぶつぶつ)」


「おーい、戦場なんだから自分の世界にこもるのはやめろ」


「はっ! すみませんルイスさん、つい……!」


「相変わらずだなおまえはよ」


「そ、そんなことより、ルイスさんはいいんですか? ブラッドネス・ドラゴン、他の場所にもいましたけど……」


「ああ。そいつらならもうぶっ殺してきたよ」


 ルイスがくいっと親指を向けた先には、たしかに動かなくなったブラッドネス・ドラゴンの遺体がいくつも転がっている。


「……な、なんだこれは……。夢か……?」


 予想外すぎる展開に、ライアンはそう呟くことしかできなかった。

 

 

 


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