おっさん、宴を堪能する
「それでは皆の衆、準備はいいかの?」
アルトリア・カーフェイの気合いのこもった声が、リッド村全体に響きわたる。
――夜。
広場には多くのテーブルが設置され、机上には所狭しと豪勢な料理が並んでいる。
その前に座るのはリッド村の村民だけにとどまらない。
近隣の村・集落の住人も一斉に集まり、かなりの人数が集まっている。
アルトリアの呼びかけに、多くの人々がジョッキやコップを掲げ、乾杯の構えを取った。
「今日は記念すべき日じゃ。我が娘、アリシア・カーフェイが、ついに尋常ならざる力を手に入れた! 皆におかれては、我が娘のために集まってくれたこと、深く感謝する!!」
「いぇい! アリシアちゃんおめでとう!」
「ひゅうひゅう!」
まだ酒は飲んでいないだろうに、陽気なおっさんたちが賛辞の言葉を並び立てる。
それにしてもすごい人数だ。軽くニ百人は超えているのではなかろうか。
今日の昼頃から召集をかけたばかりだろうに、すさまじい集客力だ。カーフェイ一家が皆から好かれている証拠だろう――とルイスは思った。
ルイスは一周だけ参加者の面々を見渡した。見知った顔がいないかちょっと期待したのだが、残念ながら誰もいないようだ。ヒュース・ブラクネスあたりはこういう集まりが好きそうなものだが。
「うぅ。なんだか私、恥ずかしいです……」
大勢の視線を一気に浴びたアリシアが、萎縮したように肩を寄せた。ちなみにルイスとアリシアは、隅っこのテーブルに腰かけている。
「なんだよ。肝心なところで恥ずかしがり屋なのか」
「はい。私、これでもシャイですから」
「よく言うぜまったく……」
ルイスがやれやれと肩を竦めると、アルトリアの大声が甲高く響き渡った。
「さあ、皆の衆! 今日はめでたい日じゃ! 自分を忘れるまで飲んで食って飲みまくれぇい!!」
「うおー!」
村民らが歓声をあげ、和やかな空気とともに宴会が開始された。
★
「で、なんでおまえがここにいるんだよ……」
ルイスは真向かいに座る男へ、呆れた目線を送った。
「んへ? はんかぅいししゅうううかおじゃおじゃあ」
「……ちゃんと噛んでから喋ってくれないか」
「ああ。ふまんふまん」
Sランク冒険者――レスト・ネスレイアは骨付き肉を丸ごと呑み込むと、健気な笑顔を浮かべてみせる。
「なんだかうまそうな匂いがしたからよ。気になっちまって」
「匂いで来たのかよ……」
――獣かこいつは。
「別に俺は構わないが、ギルドはいいのか? 依頼が溜まってると思うが」
「いいのさ。今日もでっけえ魔獣たくさんぶっ飛ばしたし。休めるときゃあ休む! これが俺の流儀だよ!」
「そうかい……」
まあ、言ってること自体は間違ってないし、いまのルイスはギルドとなんの関わりもない。これ以上突っ込むのはやめることにして、ルイスも食事に手を伸ばすことにした。
――豪華、豪華、豪華。
食事の内容はその一言に尽きた。
芳しい香りを漂わせるビーフシチューには、歯が触れた瞬間とろけるような最上級の肉が転がっている。一度口にしてしまったら病みつきになってしまいそうだが、しかし他にも美味しそうな料理がいくつもあるわけで、なにを食べればいいのか迷ってしまう。
他の参加者たちも、うめえうめえ言いながらしばし料理に夢中になっていた。
パリパリと歯ごたえのいいチキンを呑み込んでから、ルイスは感嘆の息を漏らした。
「……すげえなこりゃ。これ全部フレミアさんが作ったんだっけか」
「はい。美味しいでしょう?」
控えめに山菜をかじりながら、アリシアがえっへんと胸を張る。
「でも、昔はそれほど料理が得意じゃなかったみたいですよ。お父さんと結婚してから、必死に料理の勉強をしたみたいです」
「ほう。そうなのか……」
なんだか意外だった。
そういえば、アルトリアとフレミア――歳の差夫婦の馴れ初めもまだ聞けずじまいだ。いつかは聞いておく必要があるだろう。ルイスにとって、アリシアほど年下の女性と交際するのは初めての経験だ。特にアルトリアには色々聞いておきたい。
「ん? あんた……」
ふいに、前に座るレストがくちゃくちゃ言いながら声を発した。
「……だからちゃんと飲み込んでから喋れ」
「ああ。ふまんふまん」
ごくりと肉を食べきってから、レストはアリシアに目を向けた。
「あんた、たしかアリシア……っていったけか。ギルドにいたときより、なんかすんげー強くなってねえか?」
「え……わかりますか?」
アリシアが目を見開く。
スキルを発動してもいないのに、いったいなぜわかったんだろう――と驚いている顔だ。
「そりゃあね。勘だよ勘」
「か、勘ですか……」
アリシアが苦笑を浮かべる。
「いつか俺とバトルしよーぜ! 強え奴と戦うの大好きなんだよ!」
「ふふふ。私なら負けませんけどね」
にやりと笑うアリシア。
――Sランク相手にずいぶんと大きく出たな。
そんなこんなで雑談を交わしながら、しばしルイスたちは食事に耽った。
ときおり村民たちがアリシアの元にやってきて、彼女に激励の言葉を投げかけている。アリシアもやや照れながら頭を下げる。そんな微笑まえしい光景も何度か見られた。
「ヒュースー! ヒュースはおらんかのー?」
ふいにアルトリアの声が聞こえて、ルイスは振り向いた。
見れば、老年の剣士が、ビールのジョッキを片手にきょろきょろとまわりを探し回っていた。まるで飲み相手を求めているかのようだ。
「ヒュースなら来てないみたいだぞ? さっき軽く探したが、見当たらなかった」
「な、来ておらんのか……」
がっくりと肩を落とすアルトリア。
「くそう、あやつとは良い酒が飲めるゆえ、一番に呼びに行ったんじゃがのう……」
「そ、そうか……」
それはまあ、残念な気持ちもわからなくはない。
「ヒュース? それってあの、医者のヒュース・ブラクネスのことか?」
レストが再び会話に入ってきたた。今度はきちんと飲み込んでから喋っている。
「そうじゃが……なんじゃ、おぬしも知っとるのか?」
「いや……知ってはいるが……」
レストは珍しく迷ったかのように視線をさまよわせ、小さく呟いた。
「まさかもう行動してるのか……いや、早すぎやしねェか……?」
「な、なにを言っておる? よく聞き取れないぞ」
「…………」
レストはしばし迷っていたようだが、数秒後、ルイスとアルトリア、そしてアリシアを強く見つめた。
「前に少し話したよな。手は出せねえが、ギルドでも神聖共和国党の動向は掴んでるって」
「ああ。そんな話もあったな……」
突然の雰囲気に戸惑いながらも、ルイスは小さく頷く。
「過激派組織、神聖共和国党……。そのリーダーが、おそらくヒュース・ブラクネスだろう……。そんな話を聞いたことがある」
「な……!?」
「なんじゃと……!?」
ルイスとアルトリアは同時に素っ頓狂な声をあげた。他の参加者たちが奇妙なものを見る目でこちらを見たが、それを気にしていられる余裕もなかった。
――いや。
よくよく考えてみれば、たしかに違和感はあった。
ギュスペンス・ドンナを始めとする太古の魔獣。
その近辺には、必ずといっていいほど神聖共和国党の手の者が複数人いた。
複数人――前に聞いたレストの目撃情報も含めれば、それは一致している。
おそらくだが、あれほど強大な魔獣を召還するには、ひとりでは無理なのだろう。
にも関わらず。
あのヒュースのいた集落――つまりゾンネーガ・アッフの出現した場所には、ひとりしか神聖共和国党の者が潜んでいなかった。
つまり、少なくとももうひとり、敵が潜んでいるべきだったのだ。そしてあの場にはたしかにヒュースがいた。
「ちょ、ちょっと待ってくれんかの」
アルトリアも同じく困惑した表情を一同に向けた。
「ヒ、ヒュースはワシらと飯を食べておったじゃろ? 召還術なぞ唱えている隙はなかったはず……」
「あ、それなら!!」
アリシアが勢いよく手を挙げる。
「ゾンネーガ・アッフが出現する直前に、私、変な魔力の流れを感じました。あのときの私は未熟でしたが、一応魔術師ですし……」
それを聞いて、ルイスはまたもハッとする。
たしかにそうだった。
ゾンネーガ・アッフの出現に、当時、誰よりも早く気づいたのはアリシアだった。歴戦の剣士たるアルトリアでさえ気づいていなかった段階で、彼女がいち早く違和感を覚えていたのである。
そしてそのとき、ルイスたちの近くではヒュースが食事を堪能していた。いくら未熟な魔術師といえど、それほど間近で魔法を発動されて、なにも気づかないわけがない。
そして、レストの言うヒュースの疑惑……
これはもう、たしかに怪しいとしか言いようがない。
「ん?」
ふいにレストが首をかしげ、明後日の方向を見やった。
「この気配……多いな……。帝都の方角からだぜ……?」
「け、気配……?」
そのとき、ルイスは見てしまった。
帝都のある方角で、一本、遠くに火の煙があがっているのを。
★
――その頃、冒険者ギルドでは――
「ふう……」
ギルドマスターのライアンは、ため息とともにカウンターに突っ伏した。
今日もなんとか一日、仕事をやり終えることができた。
依頼はまだまだ腐るほど溜まっているが、クレームも一応収めることができた。今日はとりあえず、帰ってぐっすり休もう。数時間後にはもう出勤だが……
「はは。お疲れだな、マスター」
ふいに、Bランクの冒険者――バハートが声をかけてきた。壁に寄っかかり、こちらを見ながら苦笑いを浮かべている。
「疲れたってところじゃねえよ。もう帰ってぐっすり寝るさ……」
「ああ、それがいいだろ。明日も頑張ろうぜ、お互いに」
「そうだな……」
そうして二人でギルドを退室しようとした、その瞬間。
突如、扉が勢いよく叩かれた。バンバンという激しい音とともに、向こう側から追いつめられたような声が聞こえる。
「た、助けてくれ!! いきなり、怪しい人間と巨大な魔獣が……ぐああっ!!」
ライアンとバハートは目を見合わせた。
――なんだ、いったいなにが起きた……!!
ライアンは慌てて扉を開け、周囲見渡し――そしてそこに、信じられぬものを見た。
「な、なんだこりゃ……」
思わず呟かずにはいられない。
さっきまで瀟洒な町並みが広がっていたはずの帝都は、もはや面影もない。
そこかしこの民家や商店は無惨に崩れ落ちている。
道端では動かなくなった人間もいる。
そしてあちこちで入り交じる、悲鳴と怒号の応酬。
以前にも帝都が襲撃されたが、今回の規模がそれとは次元が違う。
「う、嘘だろ……!? いったい、なにが……」
「グオオオオオオオオオッ!!」
突如、聞くもおぞましい雄叫びが響きわたり、ライアンは身を竦ませた。
慌てて振り返ると、そこには以前にも現れた巨大な竜――ブラッドネス・ドラゴンが凶悪な目つきでライアンたちを見下ろしていた。しかも一体どころの話ではない。ニ体、三体――いや、もっと多くのブラッドネス・ドラゴンが背後から姿を現した。
「へ――」
唖然とするライアンたちへ向けて、ブラッドネス・ドラゴンが大きく口を開いた。




