表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

55/194

おっさん、覚悟を決める

 ――暇だ。


 ルイス・アルゼイドはふわわぁっと間抜けな欠伸をしつつ、両手をぐんと伸ばした。


 カーフェイ家の自室。

 そこのベッドに腰かけ、ルイスはなにもしない時間を満喫していた。


 ――昼下がり。


 現在、アルトリアやフレミアが、宴のために外でせっせと働いてくれている。ルイスも居候いそうろうの身だし、なにか手伝おうと思ったのだが、それはアルトリアに盛大に拒否された。


 いわく、おぬしらは今回の主役じゃからの――ということらしい。


 よくわからなかったが、そこまで頑なに拒まれては仕方がない。


 ルイスはご好意に甘えることにして、ひとりの時間をじっくりと味わうことにした。


 ちなみに、アルトリアは今日の依頼をすべてやり終えたらしい。本当に仕事の早いじいさんである。


 人の暖かなぬくもりに触れるのもいいが、こうして、ひとりでのんびりするのも悪くないな。


 そんなことを思いながら、再び大きな欠伸をかまそうとした瞬間――


「ちょっとお時間いいですか?」


「どわっ!」


 いきなりアリシアが部屋に《転移》してきて、ルイスは思わず変な声を出した。


「ば、馬鹿おまえっ。すこしは人のプライバシーを考えろ」


「ごめんなさい。ほんと古代魔法が嬉しくて……」


 ぺろりと下を出すアリシアに、ルイスは憎しみを込めて言った。


「て、てめえ反省してねえな……」


「あらバレましたか。あはは」


「あははじゃねえよ……」


 ちなみに、転移術は《対象の人数》によって、消費する魔力量が変動するらしい。自分ひとりを転移させるだけならそれほど疲労しないようで、だからワープし放題というわけだ。


 ……本当にタチが悪い。


「で、なんの用だよ。宴は夜って言ってたぞ」


「いえ、特にはなにも」

 そしていまさら気恥ずかしさを覚えたのか、やや頬を染めながら小声で言う。

「まあ……強いて言うならルイスさんとお話ししたくなったというか……その、えっと……」


「そうかい……」


 今度から普通にノックしてこいよ、と釘を刺してから、ルイスは自分の隣を手差しした。アリシアはこくりと頷き、同じくベッドに腰かける。


 いま、カーフェイ家には誰もいない。アルトリアとフレミアはもちろん、リュウを始めとする子どもたちも遊びに出ている。そのためか、家のなかは真っ昼間にも関わらず非常に静かだった。


 ――アリシアと密室で二人きり。

 それを思うとやや緊張するが、もうルイスは若くない。取り乱すでもなく、冷静にアリシアの横顔を見やる。


 ルイスとは対照的に、彼女は恥ずかしさが明らかに顔に出ていた。どういうわけだか、ずっとこちらを見ようともしない。


「…………」


 ルイスは内心でふうと息をついた。


 この歳まで生きてきたわけだし、女性の気持ちにまったく気づけないほどボンクラじゃない。特にギュスペンス・ドンナとの戦闘後、アリシアからの視線が以前より熱く・・なっていることは、さすがにルイスも感づいていた。


 だからなんとなく想像できる。

 彼女が、いったいどれほど勇気を振り絞ってここに来たのか――ということくらいは。


「明日から……神聖共和国党しんせいきょうわこくとうとの戦いですね」


 口火を切ったのはアリシアだった。相も変わらず、こちらとは目も合わせようとしないが。


 ルイスは後頭部の後ろで両手を組み、

「そうだな」

 と言った。

「太古の魔獣をあれだけ召還させるくらいだ。そこそこ腕の立つ連中なんだろう。いくら俺たちがすげえスキルを習得したといっても……油断できる相手じゃねえ」


「はい。わかってます」

 ぽつりと呟いてから、アリシアは自身の膝を抱える。

「本音を言うと、ちょっと怖いです。相手は本気で私たちを憎んでいるようですから」


「そうか……まあ、そうだよな」


 いつも陽気なアリシアだが、まだまだ若い、小さな女の子でしかない。


 未知の敵に対して恐怖を覚えるのは、ごく自然なことだろう。


「ですから私、覚悟を決めたいんです」


「……覚悟?」


「どんなに辛いことがあっても、えっと、支え合える人がいたら乗り越えられると思うんです。ですから、その、ええっと……」


「アリシア……」


 ルイスは思い出す。

 過酷な環境にもめげず、腐ることなく、自分を高め続けてきたアリシアを。


 いつもは強がっている彼女だけれど、本当はかなり繊細で、ランク《圏外》を突きつけられたときは、人のいないところで泣いていたのを。


 そんな彼女のおかげで、自分は変わることができたのだと――ルイスは心から思う。


 アリシアと出会わなければ、きっとルイスはいまでも卑屈な中年だったに違いない。むろん、《無条件勝利》を習得することもなかった。


 ――最初から。

 出会ったときから、アリシアを美人だとは思っていた。


 だからこそ、自分とは釣り合うはずがないと……心のなかでいつもそう考えていた。


 自分はもう枯れたおっさんだから。なんの魅力もない、くたびれたおっさんだから。


 でも、それは違うんだと――アリシアやアルトリアが教えてくれたから。そしてなにより、彼女の美しさを知ってしまったから。


 だからいま、ルイスは一歩を踏み出すことができた。


「アリシア。ここから先は俺に言わせてくれないか」


「へ?」


「――俺も、いつしかおまえなしでは生きられなくなったみたいだ。ここまで俺が成長できたのは、おまえのおかげだと思う」


「…………」


「こんなおっさんだが、絶対に幸せにしてみせる。だから――俺についてきてほしい」


「あ……」


 ぽろぽろと、アリシアの瞳から滴がこぼれていく。

 アリシアは鼻を両手で覆うと、しばらく目を伏せた。


 そして。


「うそ……夢を見てるようです……なんだか、良いことばっかり起きてて――信じられない気分です」


「そうかよ……」


「こ、こんな私でいいなら、こちらこそ――あの、よろしくお願いしたいです」


 そしてちらりと横のベッドを見やると、涙を流しながら、いつものふざけた笑みを浮かべる。


「なるほど。ここに誘導したのはそういう意図があったわけですね」


 ものすごく語弊のある言い方である。


「なんの話をしとるんだおまえは……」


 いつものくだらない掛け合いを繰り広げたあと、アリシアはぽんとルイスに身体をもたれた。


 そんな彼女の頭を、ルイスは優しく撫でてやった。


「私もルイスさんが、大好きです」


 胸のなかで、アリシアがぽつりと呟いていた。




 

 

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
画像のクリックで作品紹介ページへ飛べます。 さらに熱く、感動できるような作品にブラッシュアップしておりますので、ぜひお求めくださいませ! 必ず損はさせません! i000000
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ