おっさん、美少女といい感じになる
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終わった……
ルイス・アルゼイドは《無条件勝利》を解除し、太刀を鞘におさめた。
今回も厳しい戦いだった。
やはり太古の魔獣ともなると、一般の敵とは格が違う。毎度のことながらとても疲れる。
――だが、その代わりに得たものも大きかった。
ルイスはちらりと、地面にへたり込む相棒を見やった。
「はぁ……はぁ……」
アリシアもやはり満身創痍だった。
立つ余力も残っていないらしい。
息も切れ切れに、交差させた両膝を地面にくっつける格好で休息を取っている。
こちらの視線に気づいたのか、アリシアはふっと顔をあげると、疲れ半分、嬉しさ半分の笑顔を浮かべた。
「ルイスさん……私、やっと……! やっと……!!」
その屈託のない笑顔に、ルイスも思わず笑みを浮かべてしまう。アリシアの眼前に座り込み、彼女の肩に手を置く。
「やったな。ついにレベルアップ……しかも、《古代魔法》なんてよ」
「ふふふ。ルイスさんのおかげです。こんな私が、初めて戦いの役に立てた……!」
「そうだな。おまえは本当によく頑張ったよ」
「ルイスさんのおかげです。ありがとうございます……!」
感極まったのか、いまにも泣き出しそうである。これまで全然報われなかったぶん、反動も大きいのだろう。ルイスとて、彼女の気持ちはおおいによくわかる。
だから自分のことのように嬉しかった。
ルイスはにいっと歯を剥き出すと、アリシアの頭を撫でてみせた。
「あ……」
「今日は宴だな。アルトリアさんもフレミアさんも、きっと喜ぶだろ」
「そうですね……。お父さんにもお母さんにも、いっぱい迷惑かけてきましたから。あ、あと」
「ん?」
若干言いづらそうに口をもごもごさせた後、やや顔を赤らめて言った。
「私、心から思います。ルイスさんに会えてよかったって」
「……そりゃお互い様だな。俺もおまえに会えて人生が変わったよ」
「ふふ。ありがとうございます」
さっきまで靄がかっていた《霧の大森林》に、いつしか陽射しが届くようになっていた。怪鳥の鳴き声も聞こえないし、霧もだいぶ晴れてきた。
また、太古の魔女を倒したことにより、奴に囚われていた人間も解放されたようだ。いまルイスたちの近辺では、五十人近くの人間らが寝転がっている。当初の見立て通り、命に別状はなさそうだ。疲れが引くまで、いったんここで一休みしても問題ないだろう。
「…………」
「…………」
ルイスもアリシアもなにも言わなかった。ただ心地よい静けさだけが、あたりに広がっていた。
ぽん、と。
アリシアが胸に頭を預けてくるのを、ルイスは無言で受け止めた。
どれほどそうしていただろう。
「ん……あう……」
うめき声が聞こえて、二人はぱっと身体を離した。
小さな男の子――リュウの声だ。深い眠りから覚めたらしく、重そうに上半身をあげる。
そんな彼に、アリシアがのっそりと近づいていく。
「大丈夫? リュウくん」
「――へ?」
リュウは目をぱちくりさせた。
「なんでアリシア姉ちゃんがここに……? てか、ここどこ……?」
「霧の大森林。知ってるでしょ?」
「霧の……。あっ!」
なにかを思い出したかのように目を見開く。
「そうだ! 僕、魔獣を退治するために外に出て……そしたら、変なローブをつけた人が二人いて、それで……!」
「で、あの怪物に取り込まれちゃったのね……」
アリシアがちらっとルイスを見た。
ルイスはゆっくりと、首を横に振る。
魔女との戦いの最中で、神聖共和国党と思われる奴らはすでに撤退している。ルイスも連中の気配には気づいていたが、それどころではない激戦であったため、追いつめることまではできなかったわけだ。
そしてリュウの証言通り、怪しい気配は二つあった。こいつらが事件の張本人だろう。
アリシアはふうと息をつくと、再度リュウに向き直った。
「……リュウくん。たしかに、一番悪いのはその大人二人だけど……でも、リュウくんにも悪いところはある。それはわかってるよね?」
「はい……」
リュウが萎縮したように身を縮ませる。
「今回は助かったから良かったけど。……子どもだけで外に出たら、取り返しのつかないことになるの。下手したら、リュウくん、もうお家に帰れなかったかもしれないんだよ?」
アリシアの言葉には不思議な重みがあった。まるで過去の自分に言い聞かせているような――そんな圧がある。
「だからお願い。もう勝手に外に出ないで。大事な命を……無駄にしないで」
「うん……ごめんなさい」
「帰ったら、おかあ……フレミアさんにもちゃんと謝るんだよ? あの人もすごく心配してたんだから」
「はい……」
――これは夢か幻か。
ルイスは見た気がした。
アリシアによく似た、小さな男の子が、アリシアとリュウを優しげな笑顔で見守っているのを。