後ろのほうでゴブリン狩り
王都サクセンドリア。南口。
そこに魔獣の襲撃が集中しているようだった。
屋台や商店などが集まっているため、普段は大変な賑わい見せている場所だ。風船を持った子どもが走りあったり、うら若いカップルが手を繋いでいたり、殺意――ではなく、微笑みが浮かんでくるような光景が見られる。
だが、現在に至っては悲惨なものだった。
まず、屋台はもう使い物にならない。戦いに巻き込まれ、無惨にぐしゃぐしゃになっている。建物はまだ無事だが、それでも窓が半壊していたり、ヒビが入っていたりと、明らかな損害が見て取れる。
住民の姿はない。おそらく、各で屋内に避難しているのだろう。達人になれば《気配》とやらで生き物の位置を探れるようだが、当然、ルイスもアリシアもそんなことはできない。
そして。
南口の中央通路では、現在、人間と魔獣が必死の攻防を続けていた。武器のぶつかり合う金属音と、男の野生の声がひっきりなしに聞こえる。
最前線は、南口の門から数メートル入ってきたところらしい。恐ろしいことに劣勢なのか、少しずつ押されつつあるようだ。
「うっ……」
ところどころで転がっている人間の死体を見て、アリシアが青い顔をする。ルイスはそんな彼女の目を覆ってみせた。
「わかったか。これが戦争だ」
「……し、知ってます。ししし知ってて来たんでしゅ」
「そうかい」
明らかに噛みっ噛みなのは聞かなかったことにしておこう。ルイスとて、若い頃は呼ばれもしない戦争に出向いたことがある。本当は弱っちいのに、そんな自分を認めたくなかったのだ。
「おお、増援か! 助かった!」
ふいに走り寄ってくる者がいた。
銀色の甲冑。正規軍の兵士だ。
「負傷者が多数出ている! 悪いが最前線で……って、ん?」
兵士は、銀色の兜越しで、まじまじとルイスとアリシアの顔を見比べた。
「もしかしなくても……《不動のE》か?」
その二つ名に、ルイスは思わず乾いた笑いを発してしまう。
不動のE。まさにルイスのことだ。
ギルドに就任してから四十歳に至るまで、一度も昇格することなく底辺を生きる者。
ちなみに、実力が認められさえすれば、Dランクには数日で上がることができる。EらかDへの昇級はたいした壁でもないのに、それすらできない落ちこぼれ――そんな軽蔑を込めた別称である。
かなり不名誉な名前だが、しかし、もう言われ慣れてきた。いまさら取り乱すことはない。
ルイスは真顔で答えた。
「そうだ。俺たちにも手伝えることはないか」
「んー、不動のEなんかに頼むことなんてなあ……」
兵士は明らかに年下だが、それでもルイスは動じない。
「じゃ、後ろのほうで殺し損ねたゴブリンでも始末してくれないかね。いまは猫の手も借りたいんだ」
「ああ。そりゃあいいんだが……」
ルイスはそこで顔をしかめる。
「なんでこんなに苦戦してるんだよ。敵の規模がどんなもんか知らねぇが、それにしても押されすぎじゃねえか」
腐ってもここは王都だ。
王を守るために、凄腕の剣士や魔術師が常駐しているはずなのに。
「上位者は重要任務で王都にいないんだよ。それくらい察してくれ」
「いないって……全員がか?」
「そうだっつーの。俺ゃもう忙しいんだ。頼むから迷惑かけない程度に戦ってくれよ」
「あ、ああ……。そりゃすまんかったな」
どこか不自然さを感じたが、兵士たちにはそれを考える余裕もないらしい。それだけ追いつめられているということだ。
――ま、いいか。わかったところで俺たちにはどうしようもできない。
兵士は無駄足だったとばかりに嫌な顔を向けてくると、ため息をついて戦線に戻っていった。
「な、なあにあいつ!」
アリシアが憤懣やるかたないといった様子で地団駄を踏む。
「自分だってそんなに強くないくせに! うんこ! 鼻くそ!」
「……若い女がそんな汚ねえ言葉使うなよ」
見た目はイケてるのに中身がこれである。
「ルイスさんだって悔しくないの!? あんなに言われちゃってさ」
「悔しい……か。そうだな」
そんな感情は、もうどこかに置いてきてしまった。
マイナス思考は忘れてしまうに限る。
考えても辛いだけだから。現実なんて、忘れたほうが幸せだから。
黙り込むルイスに、アリシアはちょっと慌てたようすでフォローをいれてきた。
「大丈夫だよルイスさん。ルイスさんをうんこと思ったことはないから」
「はっ。あんがとよ」
ルイスは腰にかけている鞘から太刀を引き抜くと、戦線に目を戻した。
「気を取り直してゴブリン狩りといこうや。華のある仕事じゃねえが、それでも大事な任務だぜ」
「イエス、マイロード!」
アリシアは表情を引き締めると、獲物――杖を構え、戦線から数歩離れた。