おっさん、相棒の明るい未来を願う
あの冒険者が言っていたように、《霧の大森林》に生息する魔獣はかなり強かった。
実体のない幽霊みたいな魔獣や、地面から突然現れる腕の魔獣など、普段あまり目にしない連中ばかりだ。あくまでもルイスの推定だが、ランクCでもひとりでは厳しいだろう。
それに。
この森林全体に、なんだか幻怪な空気が流れている。
今朝は晴れていたはずなのに、陽射しはここまで届かない。まるで霧に阻まれているかのように、森の内部だけがどこか異様な雰囲気である。おまけに怪鳥の鳴き声なども時折響いたりして、正直ホラースポットとでもいうべき場所である。
そして現在も、ルイスとアリシアは幽霊型の魔獣に前方を阻まれていた。
のだが。
「――そらよっと!」
《無条件勝利》の前には、取るに足らない相手である。
ルイスが振り払った斬撃は、見事に幽霊の胴体を捉え、一瞬にして敵群を殲滅させた。悲鳴をあげる暇さえ与えない。
「ル、ルイスさん、また強くなってませんか……?」
背後で戦っていたアリシアが、やや呆れ気味で言う。
「どうだかな。これでもまだまだ上がありそうなんだよなぁ」
「ほんとですか……なんだかSランクの冒険者が可愛く見えてきますね」
「……ま、Sランクの連中も《人の域を超えている》らしいからな。わかんないさ」
実際にも、スキルの発動時点で魔獣たちを全滅させることはできなかった。ここの魔獣たちはそこそこ強いから、文字通りの《無条件勝利》には熟練度が足りないようだ。ルイスが直接剣を振るわなければならない。
――ふう。
ルイスは溜まっていた疲れを吐き出すと、太刀を鞘に納めた。
レベルアップのおかげで、昔よりも疲労が溜まらない。まだ戦えそうだ。
とはいえ、その均衡もいつ崩れるかわからない。早いうちにリュウを見つけなくては。
と。
「おぎゃああああああ!」
後方からとんでもない悲鳴が聞こえてきた。ルイスたちが辿ってきた道程からだ。
驚いて振り返るが、草木と霧以外はなにも見えない。ここはかなり視界が悪いのだ。
「なんですかね……いまの……?」
「あいつの悲鳴だろうな。たぶん」
あいつとは、言うまでもなくさっきの冒険者のことだ。
それにしても、かなり遠方から声が聞こえてきた気がする。分かれてからそこそこ時間が経った気がしたが、まだあんなところにいるのか。
「ぎゃああああ! やめて! マジやめて! そこの腕、俺の足を引っ張らないでっ!」
「…………」
さすがのアリシアもうんざりしたように息を吐く。
「どうします? 助けにいきますか?」
「……いや、大丈夫だろ。よく聞いてみな」
「え?」
アリシアはきょとんと目をぱちくりさせ、もう一度耳を澄ました。
「もう無理! マジ無理! こんな依頼辞めてやるぅ!」
ベソをかいているような声とともに、スタスタスタという足音が聞こえた。しかもどんどん遠ざかっていく。
「もしかしなくても、逃げたんですかね……?」
「ああ。そのようだ」
「…………」
「ま、まあ仕方ない部分もあるさ。いくらランクCでも、ひとりじゃ辛いと思うぜここは」
「……はあ。いまギルドの衰退をはっきりこの目で見た気がします……」
その点、アリシアはよく頑張っていると思う。
彼女にはランクさえ与えられなかった。
前代未聞の《圏外》という不本意な称号を突きつけられた。
実際にも魔法の実力は、ルイスが会ってきたどんな人間よりも低い。
――だけど。
それでも彼女は、いまできることをやり続けている。ルイスにごく微少な回復魔法をかけたり、小さな小さな火炎球を魔獣に放ったり。
正直、効果があるかといえば微妙だ。
それでも彼女は、目の前の過酷な現実にめげず、できることを必死にやろうとしている。
そのおかげで、アリシアにもコツコツと経験値が溜まっているはずだ。ルイスと一緒に戦っているのだから、その相棒たる彼女にも経験値は蓄積されていく。
その努力を積み重ねれば、いつかはきっと……
「さ。いくぞアリシア。俺たちだけでも事件を解決しにいこう」
「はい……!」
力強く頷くアリシアだった。




