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おっさん、女の部屋に入る

 ――夜。

 リッド村。カーフェイ家。


 ルイスはフレミアの絶品料理に舌鼓したつづみを打ったあと、自室でひとりくつろいでいた。


 ふかふかのベッドに横たわり、ぐっすり休む。

 この時間こそが、ルイスの最も好きな瞬間だった。歳を取ると、刺激的な非日常ではなく、ありふれた日常のありがたみがよくわかるようになる。


 だが――

 いまこのときだけは、ルイスの気分は晴れなかった。


 冒険者ギルドを退職し、アルトリアの世話になって二日。

 短い期間だったが、それだけでもルイスは痛いほどにわかってしまった。


 いまのギルドは衰退しつつある。

 その一方で、魔獣の大量発生はいまだ続いている。

 さらには、神聖共和国党しんせいきょうわこくとうという過激派組織まで裏で工作を画策している。


 ――誰だってわかるだろう。

 このまま事態を放っておけば、帝国は間違いなく、なんらかの陰謀に巻き込まれる。そして再び多くの犠牲者が出る。


 だから、レスト・ネスレイアが去った後、アルトリアが声をかけてきたのだ。


 ――無理強いはしないが、もしワシと神聖共和国党しんせいきょうわこくとうを始末する気があるなら、ぜひ言ってほしい――


 そこらの依頼に比べれば、これは明らかに危険度の高い仕事だ。だからアルトリアはこうして、許可をもらおうとしているのだと思われた。


 ――もし嫌であればハッキリ断ってくれて構わんぞ。他にも仕事はわんさかあるからの――


 正直なところ、ルイスに拒否する理由はなかった。


 自分の力で、迷える人々を救っていく……

 昔からルイスの抱いてきた夢であり、目標でもあった。ここで拒む道理はない。


 だが。

 このときはルイスもアルトリアも、大猿との戦いで疲れきっていた。

 だから気づかなかったのだ。

 背後から、最弱の元冒険者――アリシア・カーフェイが歩み寄ってきていたことに。


「お、ア、アリシア……?」


 アルトリアは驚愕したように目を見開いた。

 対するアリシアも気まずい表情を浮かべていたのをよく覚えている。


「お父さん……ルイスさん……無事、だったんだね……」


「お、おう。おぬしも、避難誘導お疲れさまじゃったな……」


 アリシアも協力してくれ――とは言わなかった。

 というより言えなかったのだろう。


 アリシアは下級魔法さえ満足に使いこなせない。

 それに対し、神聖共和国党しんせいきょうわこくとうは、明確な悪意でもってこちらを潰そうとしてきている。


 自分の娘を、危険な戦地に行かせたくはない――親として当然の心情だろう。


 だからアルトリアはこれ以上なにも言わなかったし、アリシアもすべてを察したかのように黙りこくっていた。


 そしてその後、アリシアの口数は明らかに減った。リッド村に到着し、夕食を食べているときもずっと浮かない顔をしていた。誰がどう見ても精力を失っていた。


 似ているな、とルイスは思った。


 同僚や部下に追い抜かれ、どんどん差をつけられていくときのやりきれない気持ち。


 昔のルイスはこのことにかなり傷心したものだ。

 自分の才能のなさに。

 自分の不器用さに。

 いや、自分という存在そのものに。


 自分の後ろで部下が昇格し、明るい声援に喜んでいるさまを、どこか遠い目で見ていたものだ。


 だから板挟みだった。

 アリシアの心痛はよくわかる。

 だけど、昔からの自分の夢を叶えたい気持ちもある。


「…………」


 だからルイスは行動に移すことにした。アリシアの部屋へ向かうのだ。 

 

  ★


 ――コンコン。


 ルイスが扉をノックすると、

「はーい」

 と向こうから返事がきた。


「ルイスだ。いまちょっといいか」


「えっ!? ルイスさん!? ちょ、ちょっと待っててくださいね!」


 ドタバタガッタンドッタン!

 室内から慌ただしい音が聞こえる。急いで掃除しているんだろうが、そんなに散らかっているんだろうか。まあ、なんとなく想像はついていたが。


 ややあって、のっそりと扉が開かれた。恥ずかしそうなアリシアの顔がすっと現れる。


「す、すみません、ちょっと汚れてますが……」


「気にするな。おっさん相手に気遣うこともねえだろ」


「そ、そんなわけにいきませんよ……」


「ま、とにかく失礼しますよ――っと」


 言いながら、アリシアの部屋へ一歩を踏み出す。


「なんだよ。別に汚れてねえじゃねえか」


 ピンクのカーペットに、動物を模したぬいぐるみの数々、それに魔法杖も何本か立てかけられている。余計なゴミもないし、すくなくともルイスの部屋よりは綺麗だった。


「わ、私は恥ずかしいですよう。ルイスさんを部屋にいれるなんて」


「は? なんで恥ずかしいんだよ」


「ていっ!」

「いてっ!」


 頭をチョップされた。

 意味がわからなかった。


「なんですか? そんな朴念仁トークをするためにここに来たんですか?」


 ジト目で睨まれる。


「なんだそりゃ……。ちょっと話があってな。ちょいと時間いいか? さっきの……神聖共和国党しんせいきょうわこくとうについてだ」


「…………」

 アリシアはすっと表情を引き締めた。

「わかりました。どうぞ、おかけになってください」



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