おっさん、陰謀の片鱗に触れる
男は茂みのなかでうずくまっていた。
肩を投剣によって斬られたか、どくどくと血が溢れ出てきている。あれは相当痛いだろう。男は呻き声を発しながら、苦々しい顔で右腕を抑えていた。
これならば逃げ出す余裕もあるまい。
「こ、こいつは……」
男を見下ろしながら、ルイスはそう呟いた。
「ルイスよ。おぬしも気づいたか」
「ああ……」
男は武器の類をいっさい持っていなかった。灰色のローブを目深にかぶっている以外は、まるで装備が見当たらない。
「こいつ、魔術師か……?」
「おそらくな。しかもそこそこのやり手じゃろう」
そんな奴が、どうしてこんな辺境に身を隠していた。
しかも、ゾンネーガ・アッフという化け物がいた場所に……。
正直、違和感しかない。
――ん?
ふいにルイスは気になるものを見つけ、目を細めた。
ローブの腕部分に、小さな刺繍が施されているのだ。
白、黒、赤の三本ラインが短く刻まれている。見間違えようもなく、ユーラス共和国のシンボルだった。
「やれやれ。おぬしら、まだ帝国に潜んでおったのか」
アルトリアは険しい顔で男のもとへ歩み寄ると、ドスの効いた、低い声を発した。
「――答えろ。貴様ら、帝国内でなにをたくらんでおる」
「…………」
その凄みの効いた声には、ルイスも驚かざるをえない。
《恐剣のアルトリア》――悪者に対しては、味方でさえ怖じ気づいてしまうような気迫で脅しをかける。ルイスも冒険者時代、その偉伝を何度か聞いたことがあった。
「お、おまえは……あのときの……」
男は右腕をおさえながらも、ありありと目を見開いた。
「ば、馬鹿め……。冒険者の分際で、俺様にこんなことをするなぞ……」
「ふん。いまのワシは冒険者ではない。恨みがあるならワシに直接仕掛けてくるがいい。相手してやるわ」
「……くく、ははは」
男が嫌らしい笑い声を発する。
「どうやらなにもわかっていないようだな。もうその段階は過ぎたのだよ」
「なんじゃと?」
「見ているがいい。じきにおまえらの国は――がっ!」
ドォン!
アルトリアはふいに男の頭を掴むと、勢いよく地面に押しつけた。そのままぐりぐりと、男の顔を土にこすりつける。
「なにもわかっていないのは貴様ではないか? いまの貴様は八方ふさがりじゃ。おとなしくすべてを話せ。さもなくば命はない」
「うぐっ……あああ……」
「ひとつ聞こう。今回も……あの化け物を呼び出したのは貴様らか」
「……ふふ、当然だろう。帝国人民が恐怖し、泣き出す姿! あれは最高のショーだったぞ」
アルトリアの表情がさらに歪む。
「……貴様のせいで、過去、どれだけの住民が苦しんだか……わかっておるのか!? 大量に人を殺しておいて、なぜへらへらと笑っていられる!?」
「くくく……はっはっは……」
それでも男は笑いをなくさなかっった。
「おまえら卑俗なる帝国人民ごときがなにを――がはっ!」
続きの言葉はアルトリアの攻撃によって遮られた。地面にひれ伏す男の背中を、勢いよく踏みつけたのである。
「…………」
ルイスはもう、黙ってなりゆきを見守ることしかできなかった。
さすがは《恐剣のアルトリア》。
明らかに悪者とわかっている相手には、微塵の容赦もない。
――なんとなく、これでわかった気がした。
アルトリアがギルドを辞めた理由のひとつ。
これほど卑劣な行為をしでかした奴でさえ、いまのギルドでは処罰できないのだ。戦争の恐怖に怯え、事なかれ主義を貫くのみである。
人民を救うはずの組織がこれでは、まるで意味がない……
「このまま貴様を処分したいところだが……そういうわけにもいかないからの。持っているだけの情報をすべて話してもらうぞ」
「ぐう……はぁっ……はぁっ……」
男はしばらく激痛に悶えていたが、数秒後、変わらずの笑い声を発した。
「ふん。この俺が……卑俗なる帝国人民ごときに殺されると思うかな」
「愚か者め。このまま逃げられると思うてか?」
「いいや。このまま自国を売り飛ばすくらいなら――俺は死を選ぶ」
「な、なんじゃと……」
アルトリアが掠れ声を出した、その瞬間。
老年の剣士はかっと目を見開き、ルイスへ振り向いた。
「いかん! 下がれ!」
「…………! お、おう!」
あらん限りの速度で、ルイスとアルトリアは後方に飛び退いた。
突如。
男の身体が内部から爆発した。
巨大な閃光、突風、そして爆音。すさまじい衝撃が空気から伝ってきて、ルイスは思わず唸り声を出してしまった。あのままアルトリアに呼びかけてもらえなかったら、大怪我――最悪、死んでいたかもしれない。
「ぐっ……」
閃光がおさまったあと、ルイスはゆっくりと目を開く。
そこに、男の姿はもうなかった。焼け焦げた草木が無惨に広がっているのみだ。
「自爆……」
ルイスは思わずそう呟いた。




