馬鹿馬鹿しい半生だったからこそ今がある
「グオオオオオオオ!」
ゾンネーガ・アッフは自身の胸板を交互に叩きながら、怒りの雄叫びを轟かせる。
「ぐおっ……」
すさまじい圧力に、ルイスは思わず顔を歪めてしまった。
――痛え。
すぐにでも耳を塞ぎたいところだが、ルイスの両手はいま、女の子の両耳に添えられている。こうでもしなければ、彼女は今頃気を失っていただろう。
ブラッドネス・ドラゴンの咆哮にも劣らぬ音圧だ。心なしか、ゾンネーガ・アッフの周囲から音の波動が広がっているように見える。
「大丈夫か? 立てるかよ」
ルイスはゾンネーガ・アッフが静まったのを確認すると、両手を離し、女の子に向けて笑ってみせた。
「あいつは俺たちがなんとかする。だからおまえは逃げるんだ。できるな?」
「う、うん……!」
大げさに頷き返す女の子。
彼女には見覚えがあった。《薬草採取》の依頼の際、何度か会った記憶がある。
「ルイスさん、本当はめちゃくちゃ強かったんだね。なんか……かっこよかったかも」
「そんなことはないさ。みんなのおかげだ」
そう言って女の子の頭を撫でてやる。
集落での《薬草採取》は、ルイスにとって貴重な収入源だった。
これがなければルイスは食い詰めていたかもしれないし、もっと早期にギルドを辞めていた可能性がある。つまり、アリシアとも出会えかったし、最強スキルを得ることもなかったわけだ。
馬鹿馬鹿しい半生だったけれど。
それでも、多くの人々に支えられてきた。
――今度は、俺が恩返しする番だ。
集落のみんなを守るために。
ルイスが決意を込めて立ち上がるのを、女の子はぽけーっとした表情で眺めていた。
「なんだ? どうした」
「……あ、いやいや! なんでもないです!」
「変な奴だな。危ないからさっさと逃げろ」
「は、はい……!」
そう返事すると、そそくさと退散していく。
入れ替わりで、アルトリアがルイスの隣に並んだ。なにやら呆れ顔である。
「……おぬしまさか、アリシアよりもさらに年下に走るつもりかの?」
「……なに言ってんだよ、この状況で」
ゾンネーガ・アッフほどの化け物を前に軽口を叩くとは。さすがの年季である。
だが、彼はただのおちゃらけた老人ではない。ふいにゾンネーガ・アッフを見上げると、きつく表情を引き締めた。
「……小猿は一瞬にして殲滅できたが、あやつは無傷のようだの」
「ああ。さすがにそこまで《無条件勝利》を使いこなせてないようだ」
だが、これで確信が持てた。
このスキルはもっともっと強くなる。
熟練度さえ高めれば、文字通り無条件に勝利することさえできると思う。太古の魔獣にすら余裕で勝てるようになるはずだ。
「ふ、まあいいじゃろ」
アルトリアは剣の切っ先をゾンネーガ・アッフに向けた。
「《恐剣のアルトリア》と呼ばれた元Aランク冒険者の力……とくと見せてやるぞよ! ルイス・アルゼイド、おぬしも気を抜くなよ!」
「ああ、そっちこそな!」
こうして、ルイスとアルトリアの共闘が幕を開けた。




