おっさん、チートスキルを発動する
スキル発動。
――無条件勝利。
ルイスがそう胸中で呟いた瞬間、いつものごとく身体の芯から熱が沸き起こってきた。
心臓が激しく高鳴る。
意識が研ぎ澄まされる。
思考が冴え渡っていく。
「な……なんだ。ルイス、おまえ……?」
背後でヒュースが小さく呟く。
ルイスは鞘から太刀を引き抜くと、ゾンネーガ・アッフに警戒しつつ言った。
「……このことは後で話す。ヒュースたちは、早く逃げてくれ」
なにしろ、四十歳のおっさんにこのスキルは過激すぎる。体力が切れる前に、一刻も早くゾンネーガ・アッフを倒さなければならない。
なおも足踏みしているヒュースに、アルトリアが笑いかけた。
「安心せい。実はの、こやつはワシより強いんじゃよ。はるかに――な」
「な……、マ、マジかよ!?」
「そうじゃ。だからおまえさんらは安心して逃げなさい」
「わ、わかった。絶対に生きて帰れよ! 絶対だぞ!」
それだけ言い残すと、ヒュースも背後を振り返り、この場から去っていった。
「――ウゴオオオオオオ!」
いつしかゾンネーガ・アッフは近距離まで近寄ってきていたようだ。周囲の木々を虫けらのように踏み倒しながら、猛烈なスピードで走ってくる。
奴が一歩を踏み出すたびに、地表が揺れる。轟音が響き渡る。
近辺に住んでいた鳥や動物たちも、甲高い悲鳴を発しながらルイスの後方へと逃げ去っていく。
まさに、存在するだけで災厄を引き起こす伝説級の魔獣だ。
いったいなぜ、またしても姿を現したのか。それはまだ不明だが、いまは深く考えているときではあるまい。
「ギュオオオオオオ!」
ゾンネーガ・アッフはふいに立ち止まると、やや低めの咆哮を発した。さっきまでの叫び声とはなにかが違う。まるで、何者かを呼んでいるかのような……
突如。
甲高い鳴き声とともに、前方から無数の小猿が姿を現した。外見はゾンネーガ・アッフをそのまま小さくしたような姿だが……
「う、嘘じゃろ……?」
さすがのアルトリアも動揺を隠せないようだ。
そう。
多すぎるのだ。
五十、百……いや、もっと多いのではなかろうかという小猿が、明確な悪意でもってルイスたちと向き合っている。
ルイスはごくりと唾を飲み、隣で剣を構えるアルトリアに問いかけた。
「じいさん。こいつらの気配……さっきまであったかよ?」
「……いや、なかったの。たぶん、あの化け物が召還したんじゃろうな」
「召還……。なんて奴だよ、まったく……」
ゾンネーガ・アッフはその見た目に反して、高度な魔法も使いこなすという。文献にあった通りだ。
ただし。
いま召還された魔獣は、さして強くはない。森林地帯によく出没するし、戦闘力もゴブリンほどしかない。
だから一体一体はそれほど脅威ではないのだが、さすがにあの数は反則である。
ルイスは油断なく太刀を構えながら言った。
「仕方ねえな。どうにか連携して、小猿どもを蹴散らしつつ戦いを――ん?」
そのときルイスは気づいた。
こちらからは見えにくいが、一件の家屋の裏側で、小さな女の子が縮こまっていることを。頭を抱え、ぶるぶると震えながら身を隠している。
「ちっ……マジかよ……」
思わずそうひとりごちる。
多くの小猿に加えて、女の子がひとり逃げ遅れていたとは……!
「ウキャキャキャ!」
そしていま、一匹の小猿が女の子に襲いかからんとしている。
対する女の子は完全に混乱してしまったようだ。
動くこともできず、悲鳴も発せず、ぎっと目を見開いて小猿に怯えている。
「くおおおおおおっ!」
ルイスのなかでなにかが弾けた。
怒りに燃え、小猿らに向けて太刀を向けた瞬間――
「ギャッ!」
女の子を襲いかけていた小猿が、突如、見えない衝撃を喰らったかのようにびくんと身を竦ませ――あっけなく、その場に崩れ落ちる。
それだけではない。
ルイスたちに敵対していた無慮百もの小猿どもが、同じように見えない攻撃を受け、言葉もなく倒れ始めた。
「ほ……? な、なんじゃ……!?」
隣で、アルトリアが慌てたように小猿とルイスとを交互に見渡した。
生き残っている小猿はもういない。どんなに目を凝らしても、立っている小猿は一匹たりとて見つからない。
文字通り、一瞬ですべて倒れたようだ。
「お、おぬし、なにを……したんじゃ……?」
「い、いや……ただ、小猿どもと戦おうとしたら……」
そのとき、ルイスは思い出した。
――無条件勝利。
自身が現在使用している、化け物じみたチートスキルを。
最初こそ使いこなせなかったものの、すこしずつ、スキルが身体に馴染んできていることを。




